モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

カムチャッカ14-日本との共通点-

Привет!

さあ、長かったカムチャッカ編も最終回です。 船上で「ほんまもんのカムチャッカ料理」という名前のレストランがあると聞いたにもかかわらず、どうやっても見つけられなかったので(なぜか地図アプリにそのまま入力しても韓国料理屋さんしか出て来ませんでした)、最終日の夕食は市場横のラーメン屋さんに行きました。 その名もカムチャッカラーメン。怪しさ満点ですが、日本の味に近いのではないかという予感がしたのです。

なんと言っても街中を走っている車の90パーセントが右ハンドルで(道路自体は右側車線通行です)、日本車がたくさん走っています。タクシーを呼んでも毎回トヨタか日産でした。中には日本で昔使われていたトラックを安く買っている人も多いらしく、街行く大型車の車体に企業名が描かれていることも珍しくはありません。港に止まっているモーターボートにも「鳥取」や「新潟」など都道府県名が書かれていました。こんなに身近に日本語が溢れているのがなんだか変な感じがします。

そんな町にあるラーメン屋さんなので、モスクワよりもクオリティは高いだろうと思って入ってみました。メニューは色々あります…鳥ラーメン(チキンではなくロシア語でТори(トリ)と書いてあるのです)、豚骨ラーメン、味噌ラーメン、冷たいラーメン…ってこれ冷やし中華のことでしょうか!?旦那は豚骨を、私はモスクワではお目にかかったことのない冷やし中華を注文しました。 レジでお会計まで済ますと、できたらこちらでお呼びします、と小さい機械を渡されました。この制度、ロシアにもあったの!?いちいち感動します。

実は二階にあるこのラーメン屋さんの大きな窓から下の市場の様子がよく見えるのです。なので待ち時間も飽きません。 お客さんは私たち以外には一人ロシア人のおっちゃんがいるだけでした。帰る間際に家族づれが入って来たので良かったのですが、ここあんまり流行ってないの…? 渡されていたブザーがなって、お料理が出て来ました!サイドメニューの餃子も合わせて、見た目は100点です。このロシアで冷やし中華に出会えるとは!

一口すすってみると…二人ともあまりの美味しさに言葉を失いました。これまでロシアで食べた中で一番、日本人が思う「ラーメンの麺」を使っていたように思います。できるんやん!ここ、もう少し流行らせてモスクワにも進出しましょう。どこらへんが「カムチャッカ」なのかは分かりませんでしたが、美味しかったのは確かです。日本に近いからかなあ。

そしてこちらでのお土産物といえば海産物ですが、他にもこんな人形が有名なお土産のひとつだそうです。 その名もペリケン。 大阪出身だからか、どうしてもこれがビリケンさんに見えて仕方がありません。名前もそっくりだし。ただ、この説明文を読んでみると「耳まで届く微笑みが特徴で、幸運と喜びと富を運んでくれる。おへそのところには笑いの塊が入っている」だそうです。ビリケンさんの足の裏をくすぐるのとは違い、お腹を撫でるそうですが、どこか同じルーツを感じさせます。

そんなこんなで、満喫したカムチャッカを後にする時が来ました。来た時はビニールハウスにしか見えなかった空港も、横にちゃんとした建物が付いていました。 本当にいいところだったので、50年後くらいにまた来て、次はヘリコプターで火山を上からみたいです!キリンの夢もまだ見られていないし、熊にもあっていません。これからも色々な景色を見て、色々な経験をしたいと強く思わせてくれた旅でした。

Пока!

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カムチャッカ13-歴史博物館と街並み-

Привет!

いい季節だからか、学校に来ないクラスメイトが増えて来ました。来ても早退したり。自由やな!かく言う私も来週から弟が来るので、一旦学校はお休みします。

カムチャッカもあと残すところ2回で(終わればいいなと思っていま)す!最後のクルーズを終えて午後の早い時間に港で解散となったので、港のお土産物屋さんへ立ち寄りました。もちろんお土産を買うことも目的の1つでしたが、ここで少し暇そうにしていた店員さんに聞きたかったのは「カムチャッカ史博物館」の場所です。

おばちゃんに「博物館の場所知っていますか?」と聞くと「どの?」と。名前を忘れていたので「大黒屋光太夫について書かれているらしいんですが、あ大黒屋光太夫ってご存知ですか?日本人で、漂流してロシアに流れ着いた人で…」というところまで話したところで、さっきまで問題なく取れていたコミュニケーションが崩れてしまい、おばちゃんの言うことが分からなくなってしまいました。とりあえず笑顔で頷いてみると、横で静観していた旦那が慌てて止めに入り、説明し始めました。するとおばちゃんは「ああ、歴史博物館ね!そっち行ってちょっと曲がったところよ」と教えてくれ、事なきを得ました。 これがその博物館の看板。

後でなにが起こっていたのか旦那に聞くと「突然君が大黒屋光太夫と友達で、お家に遊びに行くことになったから焦ってん」と言われました。そんなことになっていたのか。

200pで入ると、まずは先住民とロシア人たちの文化の衝突を当時の住居を再現することで視覚的にわかりやすく展示してあります。 こちらが先住民のお家。狩りで手に入れた動物の体の一部をうまく活用してあります。

一方でロシア人の家は このように布と金属を多用しています。ただ、時が進むにつれてこれらの特徴が混じりあったと書かれていました。

そこからカムチャッカに生息している動物と植物の展示(動物は剥製です)が続きます。 あ、この鳥はさっきクルーズ中に見かけて「ペンギンおるで!」って船長さんに騙されたやつや。こんなところに!?と二人して騒いでいたら爆笑しながら「嘘やで。鳥やで」って言われたのでした。ここに書かれている表示をそのまま訳すと「細いくちばしのウミガラス」だそうです。そのままや。

もちろん熊や火山などカムチャッカを代表するような自然についての展示を見た後は、歴史についてです。ロシア以外にも色々なところから探検家が来たのだなあ…と思いながら見ていると、突然本命が現れました。 大黒屋光太夫についての記述です。この小さな博物館でも本当に一部でしたが、日本の小銭やエカテリーナ2世へのラスクマンの手紙(多分コピー)なども展示してありました。

中国や他のヨーロッパとの関係、日露戦争時にここからロシアの船が出ていたことなども書かれていました。個人的には、ロシア人の前にこの地に住んでいた 民族を示したこちらの絵が面白かったです。 アイヌの人や朝鮮の人もいます。

小さくてあっという間に見終わってしまいますが、情報量は多かったです。また、帰って来てから知ったのですが、3ヶ月前に火山博物館がこの街にオープンしたのだそうです!行けばよかった!

街中を歩いていると、それはもうたくさんの銅像やに出会いました。ほとんどは近づいても知らない人だったのですが(調べても出てこないことも)、この人はすぐに分かりました。 レーニン広場にいたレーニンさん。この人はほんまにロシア国内どこにでもいます。 人間だけではありません。よく集合場所になっていたアバチャホテルの前には戦車の銅像(?)もありました。

最近ロシア国内を旅すると必ず目にするものがあったのですが、このカムチャッカの地では見かけず、ロシアの都市らしくないと少し寂しく思っていました。ですが、ないはずがありません。一度タクシーで横を通った時に発見したので。最終日の朝に行ってみました。 そう、ロシア正教の教会です。スカートを持って来ていなかったので(入り口にスカートとスカーフが必須だと書いてありました)、中には入らなかったのですが、おそらく内部も隙間なく宗教画が描かれているはずです。

町並みとしては、やはりソ連時代の雰囲気が色濃く残っていました。同じような建物に、小売店が並んでいます。ただ、ここがモスクワの外れと違うのはどこからでも山が見えること。 常に神戸の六甲山を見ながら育った私にとっては懐かしい景色でした。

さて、明日はカムチャッカと日本が通じるところを書いて、この旅行記を締めくくりたいと思います。

Пока!

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カムチャッカ12-市場-

Привет!

暑さに耐性がなくなった代わりに寒さには強くなったおかげでいつまで袖を短くしていてもいいのか迷っています。20度を切ったらさすがに袖は伸ばすべきですよね。

さて、全てのアクティビティを無事終えたわけですが、もう少し書きたいことがあるので(今回を含めて)あと3回お付き合いください。

今回は、どうしても行きたかった海産物の卸売市場! 山と川のアクティビティで一緒だったロシア人の3人組と美味しいレストラン(寿司レストラン「京都」をお勧めすると「日本人がいうならホンマや!行くわ!」と言われました。責任を少し感じます)などの情報を交換する時に、市場にどうしても行きたい、というと偶然彼らのアパートの近くだったので教えてもらったのがこちらでした。50年10月通り(10月革命から50年経ったことを記念して名付けられた通りです)にあります。

実はここ、海産物だけではなく、入ってすぐはお土産やさん、そしてコーヒーのスタンドがあり、右手は野菜、左手は精肉の市場になっています。肉と水槽に入った本物のワニを横目に海産物売り場を探します。 控えめに入り口がありました。

Рыба(ルィーバ)は魚という意味のロシア語です。小さいドアをくぐると、さっきまでの(肉で)茶色い空間から一気に水色と銀色(魚)、そして赤の広い空間が広がっていました。思わず声が出てしまいます。入り口からは想像できなかった広さに圧倒されていると、横から「試食しませんか?」と声がかかりました。 うわあ、イクラがこんなにたくさん!もちろん、先ほどの「赤」はイクラの赤です。先日放送された「世界の日本人妻」という番組を実家に協力してもらって見たのですが、そこで「モスクワではイクラが手に入りやすいのでバケツから食べる人もいる」と言われていましたが、あれは嘘です。モスクワでは日本と同じくらいイクラは高いですし、こんな売り方もされておらず、初めから小さいケースに入っています。

ところがカムチャッカではこんなにイクラが溢れているのです。夢のようでした。とりあえず一番高いものから試食させてもらいます(庶民)。 こんなにいいの!?多い時にはスプーンいっぱいに乗せてくれたり、店員さんの気分次第です。弾力があって一粒ずつ潰す時の爽快感と言ったら!店員さんはこっちはちょっと柔らかい味だとか、こっちは強い味だとか説明してくれますが、私たちは「もう全部美味しい」としか思えませんでした。結局そこで一番小さいケースで購入しました。280gで550p(1100円)です。本当は580pくらいだったのですが、色々と話しているうちに「あーもう550pでいいよ」となったのでした。値段を下げるの早すぎる。また、いつまで保つか聞いたところ、冷蔵庫に入れたら4、5ヶ月大丈夫だと言われました。え、これって普通なんですか??また、モスクワに住んでいると伝えたので「新年やお客さんが来た時に、こっちからイクラを送ることもできるよ!はいこれ名刺。電話番号が書いてあるけど、ここにメールアドレスも書いておくね」と素晴らしいカードももらいました。

そこのおじさんにお礼を言って、3歩ほど歩くと次のいくら屋さんの捕まりました。…このまま試食をもらい続けると破産する。 とりあえず場内をぐるっと回って1kgあたりの値段が比較的安いところを探しました。 これは上から撮った写真ですが、こんなにお店があるのです(写っていないところもあります)。加えて、イクラを探しているのに途中で魚はいらんか、カニの剥き身はどうだ、と違う誘惑まで邪魔してきます。

でも時々試食をもらっていると、味の違いが分かってきました。そして「他のところも見て選びたいんです」と断る勇気もついてきました。途中ヨーグルト味のイクラがあったことにも驚きつつ、もう2つ、鮭(кета)のイクラとマスノスケ、別名キングサーモン(чавыча)のイクラを購入しました。魚の種類をロシア語で聞いて調べても初めて聞いた日本語なので、この旅行を通じて魚に詳しくなった気がします。

家に帰ってきてから開けたケース。宝石のようにキラキラしています。

カムチャッカで購入後、我慢できず1つだけケースを開けることにしました。ご飯と醤油はないので、黒パンとスーパーで見つけた「カムチャッカのカニ」スナック、そして船長さんオススメのアバチャンスキー(火山の名前ですね)クラフトビールを買ってきて、カムチャッカ最後の夜はアパートでカムチャッカらしい飲み会を開催しました。 幸せでした。

Пока!

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カムチャッカ11-海の上で釣り-

Привет!

(カムチャッカはアバチャ湾でのクルーズの続きです。前回はこちら) 船を進めて、ペトロパブロフスク・カムチャッツキーから離れるに連れて霧が出てきました。 船長さんに「Туман(トゥマン)ですね」と言うと、彼は「Туманって日本語でなんていうか知ってるよ!カスミでしょ?」と返ってきました。ああそうだ、そうとも言うんだった。個人的には「きり」より「かすみ」の方の音が好きなので、この船長さんにその日本語を教えた見知らぬ日本人に感謝しました。続けて「さっきこの船を停めていた港にもカスミっていう名前が付いている船があるよ。そもそもあそこの船はほとんど日本製なんだ。この船を買った時はお金がなかったから、これは違うけどね」と教えてくれました。

この霧が濃い入り江で釣りをするために錨を下ろします。船長さんが釣りの準備をしてくれました。餌は凍った鮭の切り身です。…共食い? 少し波もあったので揺られながら待つこと5分。少し引いてみると手応えがかなり重たいのです。これは早速大物を釣ってしまったぞ…!釣りはあまりしたことがないけど、才能があるのかもしれないと一生懸命引っ張っていると、船長さんに「船を釣ったらあかんがな」と言われました。冷静になって引っ張るのをやめると、簡単に外れました。

私の横でロシア人家族も同じ状況になっていたので笑いあっていた時、旦那も手ごたえを感じると声をあげました。また船を釣っているんじゃないのか、とみんなあまり相手にしていなかったのですが、どうも様子が違うと気づいた船長さんが少し手助けしてくれました。そうやって旦那が釣り上げたのは50cmほどの赤い大きな魚でした! さんざん写真撮影に付き合わされた後バケツに入れられた魚。 襟巻きみたいなのが付いているし、赤いし…見慣れない魚だったので名前を聞くと「ленокだよ」と言われました。慌てて調べると「こくちます」と出てきます。鱒ってこんな感じだったっけ?

それから15分もしないうちにまた手応えを感じる旦那。他に誰も釣り上げていないのに大したものです。今度は船長さんに「また釣れたみたい!」と伝えても親指をぐっとあげて、いいね!とされるだけで手伝ってくれません。なんとか引っ張り上げると、今度は緑色の同じ魚でした。

あなたは2回目だからこの魚は私に持たせて!とロシア人の若い奥さんがやってきて、さも彼女が釣り上げたかのような写真を撮らされましたが、海のような広い心で受け入れました。その後彼女の旦那さんも一匹同じ魚を釣ってお昼ご飯です。 釣りに使ったのより少し大きめの鮭のスープ。おそらく魚の旨味だけで作ったスープは美味しかったです。真ん中に置かれた自分でとるおかずの中に、魚の肝のようなものもありました。和風の味付けで懐かしかったです。

釣りにも飽きてきたので、錨を上げて帰路につきます。船の操縦席は甲板から梯子で登ったところにあり、そこで船長さんと楽しくお話ししながらクルーズを楽しんでいました。そこで下のキッチンにいる助手さんから無線が入りました。「カニの準備ができましたよ」

喜び勇んで梯子を降り、キッチン横のテーブルに座ると、カニが出てきました。 カニ用のハサミを片手に、必死で身を味わいます。一人に一杯半はありました。海水で茹でただけのシンプルなカニでしたが、これまで食べた中で一番美味しかったです。それを船長さんと助手さんに伝えると「みんなそう言うんだよ」と言われました。さっきまで生きてたので新鮮なことに加え、こんな大自然の中で味わったら美味しく感じないわけがありません。

そうこうしているうちにお昼過ぎに港へ帰ってきました。船長さんに一緒に写真撮影したいと伝えるとそれまで被っていたキャップ帽を外して「やっぱり雰囲気を出さないと」と言いながら船のキャプテン用の帽子をかぶっていました。お茶目な船長さんで本当に楽しいツアーになりました。

旦那が釣った魚は気が付くとロシア人家族が持って帰っていましたが(持って帰れと言われても困っていたので助かりました)、その代わりに魚を釣ったという証明書を出してくれました。 …なんで全部英語やねん。でも"wasn’t afraid of high waves, strong wind and caught a lot of fish.(高い波と強い風を恐れず、魚をたくさん釣った) This certificate…gives the name of the seaman of Kamchatka.(この証明書は「カムチャッカの船人」という名前を与えるものである)“というところは気に入りました。

このクルーズは本当にオススメです。忘れ得ない思い出になりました。

Пока!

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カムチャッカ⑩-アバチャ湾クルーズ-

Привет!

カムチャッカでの5日間は全ての瞬間が楽しかったので余すところなく伝えようと思うと、間延びしてしまいました。文章って難しいですね。何より私が書き飽きてきました!

ということで、早速3つ目のアクティビティについて書こうと思います。

アバチャ湾のクルーズと釣り

7:45という早朝に港集合でした。これまでで一番早い時間です。眠い目をこすりながらタクシーで行くと、港の待合室はまだ開いていませんでした。どうなってんねん。命を削りながら駐車場で待ちます。

やっと船長助手の人が来て、船のところまで連れて行ってくれました。 端っこに写っているのが船長さんです。あとで分かりましたが、めっちゃ気のいいおっちゃんでした。18年前にシベリアからカムチャッカに移住して来たそうです。

今回一緒に海へ繰り出したのは老夫婦と若い夫婦。聞くところによると、老夫婦はカムチャッカに20年住んでいるそうで、今回ハバロフスクから息子夫婦が遊びに来たのでこのツアーに参加したそう。ここが実家なんて羨ましいです。

船に乗り込むともうお食事が用意されていました。ピロシキ! みんなで6人なのに水が4本しかない問題について話し合っていると、船長さんがやって来て「酔い止めが欲しい人は今のうちに手を挙げろ」と言われました。ここで我慢して後で迷惑をかけるのも怖かった小心者の私たち二人と若い奥さんが酔い止めをもらいました。そこからしばらく歯医者の麻酔のように唇と舌が痺れていたのですが、酔い止めってこんなのでしたっけ…おかげで一回も気持ち悪くなりませんでした。

なぜかこの日のために持って来たはずのダウンをホテルに置いて来た私は、ついでにかなり暖かそうなコートも借りました。4着ほど用意されていましたよ。 これは旦那が着たところです。これを着た私を見て、老夫婦のご主人がうちの旦那に何かを耳打ちしました。それに耳打ちを返す旦那。そして二人して笑っています。後から聞くと「相撲取りって日本語でなんていうの?って聞かれたから答えた。君の奥さんは相撲取りみたいだね!って言われた」そうです。余計なお世話や。ひとえにコートのせいです。

カムチャッカの広大な景色は写真ではなかなか上手く伝えられないのですが、 こんな景色の中を進んでいきます。朝、駐車場で「カムチャッカ・ロストワールド・ツアー」と書かれたバスを見てから脳内BGMで流れ始めたジュラシックパークのテーマも相まって、映画の主人公になった気分になります。地球上に自分たちだけしかいない気分を味わうなら、間違いなくここに来るといいですよ。

と、船長さんが突然無線で誰かと話し始めました。聞いていると「こっちは6人だ」「いや、後で払うよ」などと言っています。そこへ後ろから猛スピードで近づいて来る一隻のモーターボート。そのまま横付けされます。 海上保安の船か、と思いながら見ていると船に「北海道」だとか「最大搭載人員 6名」など日本語が書いてあります(写真にも少し写っているので探してみてくださいね)。やっぱり日本は近いんだ、旦那に興奮しながら伝えようとすると、もっと興奮した旦那が言いました。「カニだ!」え、どこに?

なんとモーターボートから、カニがどんどん投げ込まれていたのです。 カニを端に寄せる助手の図。端っこで裏返っているカニもいますね。というかみんな生きているよ…足動いてるよ…。それにしても、6人ってカニの量だったのですね!でも、どう見ても6杯以上あります。どうなっているんだカムチャッカ。

カニを乗せて船は進みます。 手付かずの自然が多く残っているところなので、巨大な奇石がたくさんありました。例えばこちら。 この石にコインを当てると願いが叶うそうです。船をこの石(というより岩ですね)ギリギリまで寄せ、操縦席の横にたくさん置いてあったコインを投げ始めました。私たちもそのコインを分けてもらって投げましたが、思ったよりも遠く、結局船長さんしか当たりませんでした。これを毎回やっているとしたら、彼はたくさんの願いが叶っていることでしょう。

もう1つ、有名な奇石で「3人兄弟」というものがあります。 こちら。横にあった小さい岩は「三人姉妹」と船長さんが名付けたそうです。

長くなってきたので次回に!やっと釣りをしますよ!!

Пока!

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カムチャッカ⑨-温泉-

Привет!

この前スーパーでお会計していたら、セール品のキャットフードを勧められた後に「あ、そもそも猫飼ってます?」と聞かれました。斬新です。お米がセールになっていたら大量に買いますよ。

さて、カムチャッカへ話を戻します。 私たちのボートはゴールしましたが、途中魚釣りに興じていたボート一隻が帰って来ていません。待っている間に片付けをしようということでボートを上流へ運ぶトラックがやってきました。それが上の写真です。思ったより川の中に入っていって少し焦りました。そこにみんなで重いゴムボートを載せていきます。

私たちを川まで連れて来てくれた車もゴール付近で待機してくれていました。川辺なので虫は多いし、足元はドロドロしているしでバスのところまで行くことさえ困難だったのですが、珍しいものを発見! なかなか汚い地面の写真ですみません。わかりますか?クマの足跡があります。この周りはお手洗いがなく、茂みに入ってそれぞれ用を足していたのですが、クマがこの辺りをうろうろしていた痕跡が残っていたので「クマもお手洗いを探していたのかなあ」と冗談を言いながら時間を潰していました。

待っている間にバスの中で水着に着替えて、準備万端です!30分くらいしてからやっと最後のボートが帰ってきたので、温泉へ向けて出発しました。今回車に乗るのは20分だけです。 こんな柵の前で停車しました。今から1時間ね!というガイドさんの言葉を背中で聴きながら、準備万端の私と旦那は一番に車から降りました。

温泉自体にも着替える場所(衝立だけですが)はあるのですが、2つしかないことと、中のスペースもかなり狭いのでバスの中で着替えておいて正解でした。 林の中の道を10分弱歩くと、突然視界が開けました。 ここがマルキンスキー(Малкинские)温泉です。手前にある川は冷たいのですが、奥にいくつかある水溜りのような温泉は下から熱い湯が湧き出ています。

いちばん手前にあった温泉に勇み足で入っていった旦那は「なんか違う」と悲しそうな顔をしていました。一番たくさんの人がそこに集まっていたのですが、日本人の私たちからするとぬるすぎたのです。それぞれの水溜り(温泉)は川の水をどれくらい混ぜているかが違って、温度も変わってきます。もう少し奥に歩いたところにちょうどいい温度の温泉を発見しました。 ただ、かなり浅いのでほとんど寝転んだ状態にはなりますが、久しぶりの温泉は本当に癒されました。時々手を置いている場所から突然熱湯が噴き出してくるので自分の好きなように石を並べて熱湯を塞がなければいけませんが、それですらいい思い出になります。

あまりの気持ちよさにぼーっとしていると、同じ温泉にいたロシア人に「それ以上浸かってるとノボせちゃうから、川に入ってきた方がいい!」と言われ、冷たい水の中に身を沈める羽目になりました。心臓止まる。日本の温泉で水風呂に入るみたいなものなのですが、私は入らないタイプだったので「ほっといてくれ」と言いそうになりました。

ガイドさんに呼ばれて、地面に半分埋まったドラム缶を見せられます。ガイドさんがフタを開けると、湯気が出てきました。「ここで食べ物を煮たりするのよ。卵とかキノコとか」…温泉卵!!ちなみにこのドラム缶の中は86度のお湯が入っているそうです。

全ての温泉の温度を確かめようと、いろんなところに手を入れていると、一度火傷しそうになりました(そんな私たちを見て朗らかに笑っているロシア人たち)。よく見るとそこだけ水際に硫黄の色が出ています。川の水を混ぜなければこんなに高い温度なのか、と驚きます。

もうそろそろ戻ろうとしていると、少し仲良くなった同じ車に乗っている人たちが、ある看板の前で立ち尽くしていました。 頑張ってよんでみたのですが、全くわかりません。私たちより先に読み始めていた人たちに内容を訪ねると「私たちはロシア語が母国語なんだけど全然何が書いてあるか分からないわ。…わかったところだけ英語で言ってみる」と訳してくれました。内容が専門的すぎたようです。日本の温泉にも成分表などが貼ってあったことを思い出しました。曰く、ここの水は胃腸に良いから、病気になったら飲むといい、とのことです。水なんて自然のままではもっとお腹を壊しそうです。

そんなこんなでカムチャッカへきた目的の1つは達成しました。すでに夜の7時ですが、今から市内へ帰ります!

Пока!

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カムチャッカ⑧-ビーストラ川-

Привет!

もう8月も半ばに入ろうとしていますね!友達から今お盆だと聞いて実感のなさに驚いています。今日は涼しげな写真を多めにお届けしますね。

お昼ご飯の後は、川下りです!川辺で待っていると、すごい車がやって来ました(語彙力…)。 すでに川に二隻ゴムボートが待機しているので、結構な人数が待っていたことになります。準備を待っている間に、前日ラクダ山でモスクワのご近所さんと判明したロシア人家族に再会!やっぱりみんなツアーの日程は似てくるようです。

かっこいいガイドのお兄さんがライフジャケットを皆に配りながら「一隻、6人乗りです。いまここで6人グループを作ってください。ロシア語がわからない人たちは同じグループになってくださいね。僕が英語でガイドします」と言いました。もらったライフジャケットを着たり、再開した人たちと話したり、釣りの道具をもらったりしていると「もうグループは組めましたか?」とガイドさんが聞いてきます。それに「はい!」と口々に返事する周りの人々。私たちと話していた人たちも、もうすでにグループに入っています。え、みんないつの間に!? 写真はかっこいいガイドさんが釣りの仕方を英語とロシア語で説明している様子です。こんな写真を撮っているからグループに入れなかったのです。

周りの人たちに「人数まだ余っていませんか?2人なんですが」と声をかけるも、どこもいっぱいです。すると、ある老夫婦が「私たちのところ来る?まだ私たちしかいないの」と声をかけてくれました。なんていう優しさ。

みんながどんどんボートに乗って行くのを見守ります。順番からすると、私たちのボートはあれだな…漕いでくれるのははあのおじいさんか、と思いながら見ていました。そこへ後ろから「あのおじいさんはね、このツアー会社の創設者の一人で、この川を自分で下ってアクティビティの1つとして切り開いた人なんですよ。結構気難しいから頑張ってくださいね」と怖いことを英語で私たちに言うガイドさん。やめて。

実際乗り込む時には、その漕ぎ手であるおじいさんに「この人たちアジア系だけど、モスクワに住んでいるからロシア語の方が都合がいいそうです」と伝えるガイドさん。無言で頷くおじいさん。あなたさっき私たちに英語で説明してくれたやん!どちらかと言うと英語の方が理解はできるで!と思いつつも言えずに、旦那と二人して震えながら指示されたところに座りました。

前に座っているのは優しい老夫婦のご主人です。 この川の名前にもなっているビーストラ(быстрая) と言うのはロシア語で「速い」と言う意味です。なので来る前は「どんな急流下りになるのだろう」とビクビクしていたのですが、実際には穏やかな流れの素敵な川でした。頭上からは日光がさんさんと降り注ぎ、ボートは気持ちよく揺れ、途中からどうしようもなく眠気が襲ってきたので、聞きそびれたところがありました。ガイドさんの説明はもっと多かったと思います。 穏やかな景色。 この川はカムチャッカ半島ではカムチャッカ川に続く第二の長さを誇る川で、魚もたくさん住んでいるそうです。聞いていたよりも怖くなかったガイドさんは、あっちに見えるのが〜〜山で、あっちは〜〜火山でー、とたくさん教えてくれましたが、モスクワに帰ってきた今、写真を見返してもどれがどれだか全然覚えていません。

1つ覚えているのは この木がカムチャッカの中では高い方で、韓国から来た外来種だそうです。

途中から釣りを始めました。ここは流れが速いからあちらへ投げろだとか、ここは魚がいっぱいいるからここで釣れなかったらもう諦めろだとか、色々なアドバイスを頂いたにもかかわらず一匹も釣れませんでした。他のボートとすれ違う時にすごく嬉しそうに釣った魚を自慢されました。ちゃんとこの川に魚がいるということが分かって良かったです。

さすがはこの川を切り開いた人で、私たちが川辺の木に釣り針を引っ掛けてもちゃんと外してくれたり、ちょっと茂みの中に釣竿が絡まってもボートを漕ぐ手を止めて助けてくれたり、その結果茂みに突っ込んでしまっても無事脱出できたり(迷惑かけてばかり)、その技術に目を見張りました。そんなガイドさんの写真は怒られるかもしれないと怖くて写真を撮っていいか聞いていません。

水もこんなにきれいでした。飲もうかと一瞬おもいましたが、やめておきました。

ガイドさん曰く、ソ連時代(カムチャッカが閉鎖されていた時)、この川のアクティビティをしたのは軍人だけでした。その時は彼らがゴミをそこらへんに捨てるし、めちゃくちゃだったそうです。そんな時期も経て、今こんな風に一般人や外国人も楽しめるようにしてくれたこの土地の人たちには本当に感謝しました。

12kmほど下ったところで、アクティビティは終わりました。ガイドさんと固い握手をして、陸に降り立ちます。

さて、この後は温泉です! Пока!

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