モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

サマルカンド町歩き

Привет!

ビビハニムモスクからレギスタン広場まではタシケント通りという綺麗な道が伸びています。タシケント通りの両脇にはバザールのものより少し大きなお土産物屋さんが並んでいて、大体のものが揃いました。 これ一つ一つがお土産物やさんです。お店によって店員さんが売り込んできたり、こちらのことを全く意に介さず話し込んでいたり、客への距離が違って面白かったです。

おそらくレストランなのですが、サマルカンドらしい場所もありました。

ゆっくりお店なども見ながらタシケント通りを30分かけて歩きます。そろそろレギスタン広場のあたりにやって来ました。はやる気持ちを抑えて、まずは周りを見てみると、レギスタン広場の東側には去年亡くなったカリモフ大統領の像が立っています。その前の広場を歩いていると、中学生や高校生くらいの子たちが集まって来ました。「英語は話せますか?」「写真を一緒にとってください!」「どこから来たんですか?」などと声をかけられるままに返事したり写真撮影に応じたり、なんだか有名人になったみたいです。一度など、その中の一人の携帯電話を預かって、私とその子の写真を撮ろうとした旦那がシャッターを押す前に横から違う学生に声をかけられ続けていました(埒があかないので携帯電話を返してもらってセルフィーにしました)。10組以上と写真を撮ったくらいで、興味本位から「どうして写真撮りたいの?」と聞いてみると、聞かれた学生は困ったようか顔をしていました。旦那が「ただ撮りたい?」と助け舟を出すと、笑顔で頷き、私たちにお礼を言って帰っていきました。でもレギスタン広場の横なんて観光客いっぱいいるだろうに…。

カリモフ大統領の像。 今は観光シーズンではないので確かに旅行者はあまりおらず、東アジアの顔もほとんど見かけませんでした。そして、珍しいことにバザールやお店などでは「こんにちは!」と声をかけられるのです。「ニーハオ!」ではなく。挨拶ではない場合でも「日本人?韓国人?」と聞かれます。聞くところによると親日家が多く、外国人と見ると「こんにちは」というそうです。それほど日本人旅行者も多いのですね。

そこから少し歩くと、見えました! これぞサマルカンド、というべき「レギスタン広場」です。もう夕方だったこともあり、外から写真を撮るだけでしたが、やっとサマルカンドに来たという実感がわきました。

中に入るのにはチケットがいるので、今日は外から見るだけです。散々写真を撮って満足したので、タクシーを拾って一旦ホテルに帰りました。タイミングがなかなか合わず(私たちの携帯電話がWi-Fiがないと使えないので)、次の日のガイドを紹介してもらえるようお願いしていたJICA(青年海外協力隊)のSさんと連絡が取れていなかったのです。

部屋に帰ると、彼女から連絡が来ていました。そこにはガイドさんを紹介できそうだということ、またその日の夕食のお誘いが書かれています。私たちは諸手を上げてお誘いに乗ることにしました。場所はホテルの横のレストランです。 プラトンという名前のこのレストランはウズベキスタン料理と音楽を提供してくれる良い雰囲気のお店でした。そこに連絡を下さったSさんと、タシケント在住の方、その方のところに日本から来られた方、そして私たちというほとんど初対面の人々が集まりました。そこでウズベキスタンでの生活(とくにサマルカンド在住の日本人は二人!)についての話、これまでの人生について、そしてかつてサマルカンドで日本語教育に力を注いだ先生のお話など、さまざまな興味深い話を聞くことができました。

時々音楽に合わせて、となりの地元の人たちのグループが踊っています。その中の一人と目が合い、笑顔で誘われました。どうしようかな、と思っているとサマルカンドに住んで2年近く経つSさんは「こういう時は、ウズベキスタンでは一緒に踊るんですよ」と言ってくれたので、みんなでその踊りの輪に加わります。

そろそろ夜も更けて来たのでお開きです。帰る直前に先ほど一緒に踊ったグループの人たちに声をかけて一緒に写真を撮ってもらいました。忘れられないサマルカンドでの第一夜。明日はいよいよ市内観光です。

Пока!

にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村

ビビハニム・モスクと廟

Привет!

サマルカンドに到着した私たちは、ホテルにチェックインした後すぐに街へ繰り出すことにしました。あいにく天気は曇り。次の日は一日中ガイドさんと主な観光名所を回る話が決まりかけていたので、お土産を揃えてしまおうとここでもバザールへ向かいました。

「ここやで、ほらあそこにシヨブ・バザールって書いてあるやろ」とタクシーを降ろされたのは、車と歩行者とロバとパン(サマルカンド・ナン)が溢れかえって、混沌とした場所でした。道を渡るのもおっかなびっくり、なんとか入り口らしきところにつきます。

バザールは主に二つに分かれていました。一つは屋根の下で野菜や香辛料、パン、お菓子など食材を売っているところ。タシケントのチョルスーバザールのように、一つ屋根の下にたくさんのお店が明確な仕切りもなく並んでいます。もう一つはショッピングセンターのような感じでお土産物屋さんが軒を並べているところ。大抵置いているものは同じなのですが、少しずつ力を入れている商品が違うようで面白かったです。中にはウズベキスタンのお土産として有名なナイフやハサミといった刃物を研いでいるところも。 写真を撮らせてもらったら、研ぎ師さんがかなりいい顔をしてくれました。

ここで少しお土産を購入し、バザールをでます。このバザールのすぐ横にはビビハニム・モスクが立っています。ビビハニムとはティムールの妃の名前で、このモスクはティムールが建てたとも、妃が建てたとも言われていますが、あまりにも巨大なモスクを短期間で仕上げたために脆くなってしまい、度重なる地震のせいもあり、今ではほとんど残っていません。 バザールを出た瞬間目の前に広がる景色に、思わず声が出てしまいました。修復のおかげで当時の姿を取り戻しつつあるこのモスクの入り口はこんなに立派です。チケットを買うと、横にいた警備員か警察のお兄さんに小声で「このチケットな、実は3日使えるねん。俺が明日も明後日もここにいるから、また来ても大丈夫やで」と英語で教えてくれました。

中に入ると、正面に大きなモスク(入り口のゲートと同じようなもの)と左右に小さなモスクが残っていました。 中まで入れるのは入って左のモスクだけでしたが、中は小さなお土産物屋さんに紛れて修復前の写真が置いてあります。 ここからよくこれだけ直したな…。そしてここだけは内部も綺麗にタイルが直されていました。

美しい、以外の言葉が出て来ません。これ、全部手作業ですよ。これはオリジナルではありませんが、元になったものが作られたのは620年も前だなんて。

ちなみに、このビビハニムモスクの前には、ビビハニム廟があります。その名の通り、ビビハニム妃が眠っているお墓です。 前にあるモスクが大きすぎて、なんだかこじんまりとして見えますが、これは中が見所です。中に入るためには中庭を通って行くのですが、中心部分になんだか神聖そうなスペースがありました。 これはなんだろう、と言いながら、旦那と二人して慎重に避けて通ります。廟の入り口にはおばちゃんが立っていました。「チケットは?」と聞かれたのでモスクのチケットを出すと「それはモスクの。ここは違うチケットが必要です」と言われました。「どこで買えるんですか?」と聞くと「そこよ」と廟の中に入ってすぐのテーブルを指さされました。いや、持ってるわけないやん。なんで聞いたん。

無事にチケットも買え、中に入ることをおばちゃんに許されると、目に飛び込んで来た装飾の細かさに圧倒されました。無言で写真を撮り続ける私たちにおばちゃんが一言「順路は下からやで」先に言って。

怪しげな階段への入り口を抜けて 急な階段を降り、RPGゲームの舞台のような場所を抜けると 棺が置かれた場所に出ました。ビビハニムだけではなく、彼女に関係した女性の棺もあるそうです。お母さんとか。

そしてそこから見上げると、天井の装飾がより綺麗に見えました。 なんでこんなに左右対称に作れるのでしょうか。私は心に曲がったところがあるのか、写真を撮るだけなのに真っ直ぐ美しく写すのにかなり苦労しました。

本当は拙い文など入れず、延々と美しい写真だけを載せた方がいいのではないかとも思うのですが、これはぜひ足を運んでご自分の目で見てみてください。ここに載せているのはこの街の美しさのほんの一部です。

廟を出たところで、先ほどのモスクの真ん中に置いてあったものの写真を撮り忘れたことに気づきました。確かさっきのお兄さんは3日いけると言っていたし、入れるだろうとモスクに戻ると、先ほどのお兄さんはおらず、違う係員に止められました。ちょっと待って、話が違うんやけど。不審な顔をされながらも、ほんの30分前にチケットを買ったこと、3日は大丈夫と言われたことを説明し、なんとか中に入れてもらえました。写真だけ撮ってさっと出ます。 これは、ティムールの孫で天文学者のウルグベクが寄進したもので、コーランを置く書見台です。タシケントで購入した木細工と同じ用途のもの。高さは1m以上ありかなり大きいものなのですが、この大きさに合うコーランがあるそうです。持ち運ぶのが大変そう…。この台のまわりを3周すると願い事が叶うとか、台の下を女性が通ると子供が産めるようになるとか、色々と伝説があるそうです。

Пока! にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村

サマルカンドへ

Привет!

いよいよ、タシケントからサマルカンドへ向けて出発です。

旅行前に一応列車の時間だけ調べてチケットは現地で買うことにしました。特急であれば8:00発、普通列車であれば8:55発だそうです。朝早いので、前日に駅のチケットカウンターへ行っておきました。 駅の建物自体はこれなのですが、チケットを売っているのはこの奥の建物です。少しややこしいので、前日に行っておいて正解でした。

チケットカウンターは相変わらずのカオス。カウンターはいくつかあるのに列がない。カウンターもそれぞれ「購入」「インターネットで予約した人専用」「ウズベキスタン人専用」「軍関係」などと目的が分かれているのに、購入のところに並んでいたら何故か軍関係のところへ行けと言われる。質問するだけだから、と横入りしてくる人もいる。ビザを取りに行ったウズベキスタン大使館を思い出しました。なんとか自分の番が来て、サマルカンドへ行きたい旨を告げます。窓口のおばちゃんは「8:30の特急だと二人で140000スム(くらいだったと思います:1400円程)、8:55の普通だとかかる時間は長くなるけど100000スム(1000円程)です。どっちにする?」と教えてくれました。乗り遅れたくないので8:55にします。…それより調べていたのと若干時間が違うな…。

無事チケットを出してもらえました。 パスポート番号と名前、誕生日なども書いてあります。

移動当日30分前には駅についておくよう言われていたので、朝8:00過ぎに駅へ向かいます。ここも駅の敷地に入るためにパスポートを見せる場所がありました。こういうところではなぜかいつも旦那は時間がかかるので、先に通り抜けた私が中で待っていると女性の警察官に何か言われました。…ウズベク語かな?日本人なのでロシア語でもいいですか、とロシア語で言うと「あら、日本人なの!いやさっきのは『寒くない?』って言ったのよ。寒くないの?」と7分丈の私のズボンを見ながら言われました。この時外気温は5度。「モスクワから来たので大丈夫」と答えると、コートを着たお姉さんは寒そうに震えるジェスチャーで返してきました。

さあ、列車に乗りましょう。サマルカンド行きが出るホームは…と駅の中を見回しても電光掲示板がありません。駅員さんに聞いてなんとか「5番」という答えを得ました。初心者には難しい駅です。 30分前に来ているのに、列車自体は5分前まで着かないので、ギリギリまで不安でした。

乗り込むと、モスクワの近郊列車のようです。老若男女さまざまな人が入れ混じり、これから3時間ちょっとの時間を共にします(特急は2時間ちょっと)。 乗り込んですぐに前のテレビのスイッチが入り、何か映画が始まりました。…途中から。せっかく流すなら初めからちゃんと流そうよ!と思ったのですが、途中でCMも挟むのでもしかしたら普通のテレビだったのかもしれません。ウズベク語は分からないので、適当にアフレコして遊びました。

そんな中でも駅員さんが30分に一回くらい「ホットドッグは要りませんか」とか「ピロシキはいかがですか」と赤ずきんちゃんが持っているような木のカゴに入った食べ物を持って座席の間をまわります。買いたいと反応した人にだけ売ればいいと思うのですが、ぼーっとしていた私の顔を覗き込むようにして聞いて来たときはかなりびっくりしました。子供用のおもちゃもカゴに入れて売り歩いています。まあまあ売れていたので良かったです。

いよいよサマルカンドに着きました。 駅の天井がかっこいい。駅前にいっぱいいるタクシーの運転手を振り切って、道に止まっているタクシーに声をかけました。「ホテル・レギスタンまで行ってもらえますか?」「わかりました。乗ってください」と言われて乗り込みます。しばらく進んだところで「ところでホテル・レギスタンは二個あるんですよ。どちらのですか?」え!住所を見せました。「その二つは近いのでこの住所だったらどちらか分かりませんね。とりあえず片方に行ってみましょうか」…さてはホテルの場所知らんかったな?

一つ目のホテルに着くと、運転手さんだけ降りてレセプションの人を呼びに行きます。ホテルの人は旦那に「予約しているのは『ホテル・レギスタン・プラザ』ですか?」と聞きました。違います。じゃあもう一つの方ですね、と言われてタクシーは出発しました。タクシーの運転手さんは「ほら、ややこしいでしょう?でもこっちはプラザが付いているんですね!」と何かに納得した顔をしています。

もう一つのホテルの方は正解でした。タクシーの運転手さんに少し高めの20000スム(200円ほど)を払って、ホテルにチェックインします。

これから夢のサマルカンド観光です!

Пока! にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村

滞在時の注意点

Привет!

引き続きウズベキスタンの首都、タシケントでのお話です。

メドレセを出ると、また地下鉄に乗って「ウズベキスタン歴史博物館」へ。日本人抑留者が建てたナヴォイ劇場の横です。

中の撮影は別料金でした。入るだけであれば10000スム(100円ちょっと)。私たちが入ったと同時に中から子供達が出てきました。遠足かな。中に入ると、上の階から見るように言われます。階段を登って出会う展示はウズベキスタン独立後のこの国についての情報でした。国民の幸福度は世界29位だそうです。カリモフ前大統領が執筆した本が各国で翻訳されているという展示や(日本語もありました)、国中の都市をつなぐ交通機関の紹介、農業の紹介、学校の様子の紹介など多種多様です。一通り見学し終えると下の階へ。目に飛び込んできたのは恐竜の模型でした。先ほどまでの近来的な展示との差に驚きます。ジュラ紀から始まる下の階の展示は、ソ連時代までを駆け足で見せてくれるものでした。途中一気に時代が進んだ気がします。それにしても、ここの見学方法が本当にこれで良かったのか謎が残りました。

この日の晩は、先輩にレストランへ連れて行ってもらいました。 ずっと食べたかったプロフ!人数分頼むと、店員さんに「お皿ひとつ分しかない」と言われました。たしかに朝から大鍋で作ってなくなったらその日は終了、というシステムだとは聞いていたけど「お皿ひとつ分」ってすごいですね。お鍋に残っていたのをかき集めてくれたのでしょうか。ちなみにお味は脂っこすぎず美味しかったです。

その夜は先輩のお家に泊めてもらうことになっていたのですが、先輩から「そういえば今日の夜の分もちゃんとホテル取ってる?滞在登録ができないよ」と言われました。…え!

ロシアと同じようにウズベキスタンに入るのもビザが必要で、いざ入ったら「滞在登録」というものをしなければなりません。ロシアでは1都市で1回登録すれば大丈夫なのですが、ウズベキスタンでは泊まった日数分必要になります。そして観光ビザできた場合、ホテルでしかしてもらえないのです。なので誰かの家に泊めてもらうときでも形式上はホテルに泊まっていることにして、滞在登録をしてもらうことになります。 というわけで、こんな小さいカードを泊まったホテル分集めていきます。小さく「何日から何日までの登録」と書いてあり、これを出国時に空港で見せてかなり厳しくチェックされました。…ということは、このまま行くと出国できない…?だから地下鉄で「今日最終日?」と聞かれたのか、と色々と腑に落ちました。

慌てて空いているホテルを先輩が見つけ出してくれ、夕食後にタクシーで向かいました。事情を説明し、20ドルで滞在登録をしてもらいます。先輩が気づいてくれなかったら、このまま捕まってしまうところでした。後から、ちょうどこの日に警察のチェックが厳しくなり滞在登録ができていなかったりパスポートを持っていなかった人が20人近く逮捕されていたことを知ります。国が違えば制度が全く違うので、油断せずに一つ一つ確認せねばなりません。

ついでに、ウズベキスタンでは入国時に飛行機の中で自分の名前やパスポート情報、そして所持金(現金)を書く紙を渡されます。この時2枚書いておき、入国審査で一枚提出。もう一枚は出国時まで無くさず持っておかなければなりません。そして出国時に同じような紙にその時の所持金を書き、入国時の紙と合わせて提出。出国時は入国時より所持金額が減っていなければいけない、というルールがあります。駐在などの場合はまた変わってくるかも知れませんが、色々とルールが多くて知らなかったじゃ済まされない世界なのだと思い知りました。

Пока!

にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村

アブドゥールハシム・メドレセ

Привет!

チョルスーバザールのすぐ脇(とは言ってもバザールがかなり大きいので探すのに苦労しました)には地下鉄の駅があります。チケット売り場で一人1200スム(12円ちょっと)を支払うと プラスチックのコインを渡されました。 モスクワの70円という地下鉄の価格も安いと思っていましたが、さらに上をいく安さです。タクシーも安いし、移動する上では不便は感じませんでした。

しかし、改札前で警察に止められます(全員)。この駅の人は「カバン見せてね(改札を通る人は全員チェックを受けていました)。え、どこの国の人?日本人?日本いいよねー!あ、行っていいよ」という感じで質問も興味本位のようでしたが、他の駅では「パスポートを見せてください。ビザはどこですか?滞在登録の紙はありますか?」というように厳格なチェックをしていました。ただ、こうやって取り調べを受けている間も警察の人はぶっきらぼうではなく、時折笑顔を見せてくれるので嫌な気持ちにはなりません。警察の人が滞在登録の紙を見て「あ、今日でタシケントは最終日ですか」という言葉に少し引っかかりつつ(次の日の早朝の列車で出るので)、その場は通してもらいました。

ウズベキスタンでは地下鉄の駅や空港の撮影が禁止されているので、写真が撮れなかったのですが、本当に綺麗な駅でした。モスクワとは違った美しさです。基本的にタイルで壁に模様がついていて、駅ごとに全くデザインや色合いが違うので新しい駅に着くたびに「ここはどんな模様かな?」と楽しめます。面白かったのは「宇宙飛行士」という名前の駅。壁全体で宇宙を表現していました。地下鉄の車体はモスクワのそれとほぼ変わらず、むしろ同じところで作ったのかと思うくらいそっくりでした。こんなところで旧ソ連圏だったことを思い知ります。

駅を降り、目的地のアブドゥールハシム・メドレセへ向かいました。大きな公園の中にある、ということだったので、公園の清掃をしていた女性に場所を尋ねると「あれですよ」と指さされたのがこちら。

初見ではちょっとわかりにくいですね。 メドレセとは神学校という意味で、かつては学生がここで生活しながら学んでいたそうです。なので、中に入ると小さな部屋がたくさん並んでいました。今は学校としての機能を終えて、一部屋一部屋がウズベキスタンの民芸品の工房になっています。お土産も直接説明を聞きながら直接買うことができました。

中庭に面した部屋一つ一つが、ウズベキスタン食器の絵付けや、絵画、金細工、木細工などの工房とお店になっています。一つの部屋にとりあえず入ってみました。 木細工のお店です。

ここで前から欲しかったのがこちら。 一枚の木の板を細工して作っているのですが、これを開くと書見台になるのです。お店の人によると、これが8通りに変形するそうです。一度教えてもらったのですが、今家でやってみると4通りしか再現できませんでした。 一応少しずつ違います。この上にコーランなどを置いて勉強したそうです。
これはまだ8通りでしたが、もう少し小さいものだと4通り、もっと大きいものでは20通りも組み替えられるそうです。すごい。すごいのですが、本を置くだけに20通りも必要かな…?と少し疑問に思いました。

もう一つ、旦那が一目惚れしたのがこのペンケース。 蓋の部分が変形します。表面の模様もすごく美しく、ここにあるものが全て手作業で作られたと思うとため息が出ます。奥の方に職人さんが座っていて、ヤスリをかけているのを見せてもらいました。

結論から言うと、家に帰ってきて旦那のペンを入れてみると入りませんでした。…ということで、今は家のモニュメントになっています。

お皿の絵付けをしているお店の入り口はこんな風にわかりやすくなっていました。お皿は割れやすいので、ここでは買いませんでしたが、すごく気になりました。

部屋一つに1学生が住んでいたくらいの小さい部屋で、誰かの家を訪れるような気分になって楽しかったです。色々な作業も見ることができるので、ただのお土産屋さんではないのがとても良かったです。

Пока! にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村

チョルスーバザール

Привет!

いつの間にかモスクワもアスファルトが雪で見えなくなっています。でもずっと厚い雲が覆っているので、ウズベキスタンのすかーんとした青空がとても恋しいです。

さて、タクシーに連れて行ってもらった先は、タシケントの旧市街にある「チョルスーバザール」でした。 奥に見えているのがメインの建物で、周りにたくさんのお店が出ています。

タシケントにはバザールがいくつかあるそうですが、ここが昔からある大きな規模のバザールだそうで、野菜からパン、スパイス、乳製品、魚、お土産、服、日用品、鳥かごまで、揃わないものはないのではないかというくらい様々なものが売っていました。 あんなに去年モスクワで探し回った日本のようなカボチャが山積みになっています。思わず一つ買いそうになりましたが、重いのでやめました。それにしても、モスクワではこの時期に見ないような野菜がそこかしこで売られていて、あまりの色の鮮やかさに引っ越したくなってきました。人も多く、かなり賑わっています。

お土産物屋さんにふらっと寄ってみました。ありとあらゆるウズベキスタンを代表するものが売られていましたが、その中で旦那が前から欲しがっていたドッピ帽という男性用の帽子を買うことに。全然売りつけてこない、物腰の柔らかな店員さんに「左がブハラで、右がサマルカンドの色なんだよ(写真参照)」と教えてもらいながら 黒と白のタシケント柄を購入。特別な日にかぶるものなのかと思って質問したら、ちょうど目の前をこの帽子を被った男性が通り過ぎ「いや、あんな風に日常的にかぶるよ」と店員さんに教えてもらいます。

とりあえずメインの建物を目指して歩き進めました。かぼちゃの種を干していたり(めっちゃかぼちゃ好きやん)、お花コーナーがあったり、本当に賑やかです。面白かったのは、長蛇の列ができていたところでした。他のところは並んでいないのにここだけ列ができているので不思議に思って先頭まで行ってみると、なんと卵のタイムセールだったのです。母に連れられてスーパーの卵が安い日に並んだことを思い出しました。

メインの建物はこんな感じで、一階は乳製品とお肉、二階はスパイスが並んでいました。独特の匂いです。こんなところが家の近くにあったら買い物が楽しいだろうな、と思うような市場でした。旅行中の身なので何も買わずに出ます。

ここにきたのは、お昼ご飯をチャイハナ(食堂を意味する言葉)で食べるためでした。去年までモスクワのチャイハナについて書いた記事はこちら。この時はまさかウズベキスタンへ来ることになるとは思っていませんでしたが、読み返してみるとお皿などは本場のものと同じものを使っています。ガイドブックによるとこのバザールにはチャイハナが集まった建物があるとのことだったので、散歩がてら探しましたが見つかりません。

仕方なく興味のあった服飾コーナーをぶらぶらすることにしました。婚礼衣装の刺繍があまりにも綺麗で、思わず買ってしまいそうになります。細い通路の先にも布が見えたので、通ってみることにしました。 通路の真ん中に柱が立っていて一瞬躊躇しましたが、怒られたら引き返せばいいか、と足を踏み入れました。

入ってびっくり。右の壁際に並んでいるのはチャイハナの机ではありませんか。思いがけなく出会うことができました。ちなみに基本的に靴を脱いで上がり、机の下は足を伸ばせるようになっています(掘りごたつ式ではありません)。奥にあったキッチンらしきところにいたおばあちゃんに「何がありますか?」と聞いたところ(メニューがなかったので)、返ってきた単語の中で唯一知っているものを注文しました。まだまだウズベキスタン料理の勉強が足りなかったようです。注文を終えると、席に座るよう促されました。周りは明らかに地元の人ばかりで、かなり好奇の目で見られました。

手前のお皿が、その唯一聞き取れた単語「ラグマン」。スパイスの効いたうどん、というのが一番近いでしょうか。辛くはありませんでした。真ん中はサービスでついてきた「サマルカンド・ナン」これ以降、この旅行ではほぼ毎食食べる羽目になる美味しいパンです。そして緑茶。パンの横の赤いものは、怖いもの知らずの旦那曰く「コチュジャン」だそうです。何かわからないのに大量にパンにつけた彼はしばらく悶絶していました。

本当に美味しく、量も多く、地元の味を知ることができて大満足の私たちでしたが、値段を聞かずに完食してしまったことに思い当たりました。恐々おばあさんに聞きに行きます。「18000スムよ」…単位が大きくて一瞬びっくりしましたが、180円ちょっと!?二人で??物価が安くて違う意味で驚きます。きちんと支払いを済ませ、身体からかなりスパイスの匂いを放ちながらチャイハナを後にしました。この時の食事が一番匂いがきつかったです。

久しぶりに生の鶏の声を聞きながら、次の場所へ行くべく駅を探しました。

Пока!

にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村

タクシーの運転手さん

Привет!

少し間が空いてしまいましたが、ウズベキスタン旅行記の続きです。まだ2日目の午前中だ…!

日本人墓地へ連れて行ってくれたタクシーの運転手さんは本当におしゃべりでした。実際に一緒にいた時間は2時間もなかったと思うのですが、タシケントの印象の半分くらいをこの兄ちゃんが持って行ってしまっています。

まずタクシーに乗ってすぐ、こう言われました。「ウズベキスタンは初めて??じゃあこれだけは聞いておけ。ウズベキスタン人は信じるな。絶対だ。気をぬくとすぐ騙されるから」…そう言うあなたは何人なんだ、と突っ込むのは大人気ないかと思い、なんとか「わかった、忠告ありがとう」と言うだけに留めました。

私たちが納得したと判断したのか、それからはウズベキスタン及び首都タシケントが初めての私たちに色々と教えてくれます。例えば「ウズベキスタンの名物はプロフ(ピラフみたいなものです)、日本の名物は寿司。ご飯と何を食べるかの違いだけで、ほとんど同じような物」だとか(その違いが結構重要な気がします)、サムサが美味しい店を知ってるけど寄ってやろうか、とか。

日本人墓地からバザールへ乗せてもらっている時に、これからどの都市へ行くか聞かれたので「明日サマルカンドへ発って、2日後にブハラへ行くよ」と言うと、彼は「ヒヴァは行かないのか!オススメのコースはヒヴァ→ブハラ→サマルカンド→タシケントやで」…正反対やないか。でも彼が正しかったことは、この後思い知ることになります。落ち込む私たちに「いや、でもまた来るでしょ?今回のタシケントでもあんまり時間ないみたいだし、今からオススメの観光地を車窓から見せてあげるから!覚えておいて、次回来る参考にしたらいいやん!」とフォローしてくれました。

カッコいいブニョドコル・スタジアム。2012年にできたこのスタジアムはタシケントのサッカーチーム、ブニョドコルのホームスタジアムだそうです。運転手さん曰く「天井が開閉式で、近代的」と大絶賛でした。「ほら、入り口のところに今日も試合するって書いてあるだろ?タシケントには2つチームがあって、ブニョドコルは強いチームなんだよ」と言うので「ブニョドコルのファンなの?」と聞くと「いや、俺はもう一つの方が好き」と言われました。まさかの。

タクシーの窓も綺麗だったので、街並みの写真もしっかり撮れました。 全体的に車道が広くて、でもクネクネしているので運転はしにくそうだなあ、と思いながら見ていました。人も車も多かったです。

突然「君たちは夫婦?」と聞かれました。そうだよ、と答えると「何歳?」と聞かれます。旦那が答えると、運転手さんは一歳年上だったそうで、テンションが上がって助手席に座る旦那と固く握手をしていました。ハンドル持って…!そしてこのタイミングで自己紹介。子供の有無を聞かれ、いないと答えると一言「プロフを食べろ。あれはいい」そして私がよく分からないロシア語で旦那と笑い合っていました。

目的地の横にあったカルダシュ・メドレセ です。メドレセとは神学校のことで、いまも使われているのだとか。横にあるモスクは中も立派らしく、次にタシケントに来た時はぜひ足を運んで内装の写真を撮って欲しい、と言われました。事あるごとに写真を勧める運転手さん。

さあ、目的地のバザールに着きました。この後は地下鉄で移動するつもりだったので、運転手さんとはここでお別れです。最後に「このバザールはあまり美味しい所はないからここでは何も食べるな」という忠告を受け、お代を尋ねると「気持ちのままにくれたらいい」と言われました。大抵は一回乗って10000スム(100円ちょっと)なので、40000スム(400円ちょっと)を渡すと「うーん、少なくはないけど…」と微妙な反応でした。…気持ちのままって何なんだ。すごくいい人だったのでもう10000スム追加して渡すと「完璧だ」と言ってもらえました。

車を降りてもしばらくは私たちが正しい入り口から入るか見守ってくれていたようです。旅行ってこんな思いがけない出会いがあるから楽しいし、やめられないよなあ、としみじみ思った出会いでした。次タシケントに行った時に偶然出会えたらいいな。

Пока!

にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村