モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

バイカル湖を臨む展望台

Привет!

これまでにないくらい路上が凍ってて本当に毎日スケートをしている気分です。最近は良く晴れているんですが、天気ではなく足元に全神経を集中させなければなりません。

さて、バイカル湖博物館で身も心も温まった私たち。日も陰ってきそうなのでホテルへ向かうのかと思えば「次の展望台へ早く行かないと真っ暗になっちゃう」とユーリャさんが焦っていました。今から展望台へ行くのか(もう予定表は未定表と化しているので見ていません)。この博物館から2kmほど行ったところに、スキー場がありました。バスの中でユーリャさんが「今からリフトに乗って上へあがります」と親切にも教えてくれたのに、これまた「リフトやったら乗りなれているし大丈夫」と気を緩めた私が悪かったのです。

いつもはスキーウエアに助けられていたのだと実感しました。ひたすら寒い。座る部分の一部に鉄が使われており、そこがずっと足に当たり続けるのでひたすら辛かったです。ただでさえ寒いのに、山の上は風が吹いている上に横で友達が「昔スキー場のリフトに取り残されるっていうホラー映画があったよね」と言いはじめて余計寒くなりました。やめてくれ。

スキー板をつけずにリフトに乗るのは初めてだったので、降りるときは怖かったです。リフト降り場から5分ほど林の中(足を滑らせたらまあ命はなさそうな道)を進むと、少し開けたところに出ました。 ここはКамень Черского (カーメニ・チェルスカバ)という場所です。日本語に訳すと「チェルスキー岩」ですね。写真手前の雪をかぶっている岩がまさにその岩なのですが、チェルスキーというのはバイカル湖とシベリアの研究に大きく貢献した研究者の名前だそうです。彼の名前がついた場所はここの他にバイカル湖の周りに2箇所あるそう。

ここからの景色がとても綺麗で、寒さを忘れ…るわけがありませんでした。海抜728mということもあり、ここについてのお話を聞いている時も「できればバスの中で話してくれ…」と思っていたのですが、他の人も同じだったようです。みんな一通りこの岩の周りで写真撮影をすると「みんなが凍る前に」降りることになりました。 岩の向かい側はこんな風にカラフルです。

「スキーで下山したい」と思いながらゆっくり進むリフトで下まで降ります。実際は5分ほどだったと思うのですが、30分くらい乗っていた気がします。この時間から上に登る人たちとすれ違う時に声をかけられたので顔を向けると、なんと彼らの手にはウォッカやらコニャックやらがありました。そうやって暖を取ればいいのか。

ここからホテルまで1時間ちょっとでしたが、途中で露店に寄りました。 ここで焼き魚(保温してありました)を買おうとすると、お店の方にお釣りがなかったので干し魚まで買う羽目に。バスの中で食べようとすると、臭いがきついからと運転手さんに拒否されました。仕方なく同じような状況の人たちで身を寄せ合って魚にかぶりつきます。-25度の空気の中で食べる焼き魚は美味しく、みんなで励まし合いながらで楽しかったです。

魚の屋台の横にはこれでもかというほど売られているバイカルアザラシのぬいぐるみ。お土産はほとんどこれかマグネットしか選択肢がありませんでした。

この日はイルクーツクの中心部にあるホテルに宿泊します。疲れ切っていたので私たち3人は晩御飯をホテルの一階にあった中華料理屋さんで食べることにしました。美味しかったのですがウェイトレスさんがひたすら中国語で接客してきて大変でした(なぜかロシア語は通じなかった…ここロシアですよね…)。

次の日はいよいよバイカル湖に浮かぶ島、オリホン島へ向けてイルクーツクをでます。朝ごはんを食べて(ひたすら「寒さ対策にカロリーを取らなきゃ…」といつもと反対のことを言いながらパウンドケーキなどを食べていました)、集合時間の9時にロビーへ降りました。

…ツアーの人、半分くらいしかいないね?なんとなく時間通りに集合しない気はしていましたが、結局出発したのは9:40でした。みんな自由です。

さあ、今からひたすらバスの旅が始まります。休憩なしでも6時間はかかるという噂です。昨日の夜ホテルの近くにあった薬局で酔い止めも買い、準備は万端です!

Пока!

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リストビャンカの博物館

Привет!

[前回のあらすじ]
イルクーツクについて十分な装備もしないまま早速野外博物館へ行くことになった私たち。これからどうなる!?

ツアーなのでチケットを買う手間などは省け、ガイドさんが案内してくれました。それはすごく有難いんですが、できればどこかの建物の中でこの博物館の歴史とかは説明してくれないでしょうか。まずロシア語だし、ガイドさんも寒いのかめちゃくちゃ早口で途中から脳内の処理能力が追いつかなくなって、ひたすら「寒いというか痛い…暖かいところで眠りたい…」という日本語が頭の中をぐるぐるしていました。 完全防備で案内してくれているガイドさん。足元暖かそうですね…そのブーツどこで売っていますか…。

そろそろ意識が飛ぶかと思ったところでみんなが動き始めました。屋内に入るようです!中は暖房がついていて、いくつかの展示がある広い部屋になっていました。…初めからここで説明始めたら良かったんじゃないのか。ガイドさんも聞いている方もみんな幸せになるやん。

かつてこの村ではガラス細工を作っていたそうで、当時の作品が多く飾られていました。 ソビエト時代にもここで作られていたガラス製品が使われていたそうです。か弱い日本人3人は暖房の前でぼーっとしながら説明を聞いていたのですが、突然ガイドさんの口から「日本」という言葉が聞こえてきてはっと顔をあげました。なんと、あの大黒屋光太夫についての映画「おろしや国酔夢譚」のロケ地に使われたそうなのです。光太夫さんこんな寒いところにいたの…!彼の苦労を身に染みて感じました。

当時の学校が再現されているところを見たり(先生としてここに来た人は、年300ルーブルをもらえる他に、家事をしてくれる女性がついたそうです)、見張り台を見学したり、バーニャ(ロシア式サウナ)を覗いたり、モンゴルのすぐ上なのでゲルに当時の生活が再現されているところを見たり、楽しみました。一通り見終わると、ユーリャさんが「では、1時間後あそこのレストランでお昼ご飯です。それまでは自由時間」と案内します。野外博物館で1時間、生き延びなければなりません。とりあえず目の前に見えているゲル型のお土産物屋さんに入ってみることに。 なんと中には、靴下が大量に売られているではありませんか!!商売上手すぎる。まんまと思惑にはまっていると思いつつも、一足600円もする暖かそうな羊毛の靴下を買ってすぐに履きました。友人に至っては靴の中敷を買っています。なぜかいつもの装備できている旦那だけ何も買わず、平気な顔をしていました。ツアーの他の人たちも続々とこのゲルに入ってきます。時間つぶしに怪しげな占いを受けている人たちもいて、みんな屋外は寒かったようです。しかしゲル自体も暖房があるわけではなく、そんなに暖は取れません。

さあ、あと45分ほどあります。外に出るとユーリャさんがいたので「寒いんですが、暖かいところはないですか?」と聞いてみました。「あそこに綱があるの見えます?」「ありますね」「みんなで綱引きをして体を温めましょう!」…なんですと。綱引きは手袋で滑ってうまくいかなかったので、4、5人で履くスキー板のようなもので一体感を高めたり、 氷の滑り台を登ったり滑ったりしながら、体を動かすという原始的な方法で暖をとりました。なんだか大事なことを忘れていたようです。

滑り台の横に馬がいました。ユーリャさんに聞くと、一人400円程で馬ゾリに乗れるとのこと。面白そうだったので馬番のおじさんに声をかけて乗せてもらいました。まあまあ広いこの野外博物館を一周します。 思っていたより速くて、ビュンビュン風を切り…冷気が肌を刺すようです。図らずも日本に帰るためにエカテリーナ2世に謁見しようとシベリアをそりで駆け抜けた大黒屋光太夫の気持ちを味わうことになりました。しかも彼は別に望んだわけではないのにこんな思いをしたのかと思うと泣けてきます。

そうこうしているうちにやっとレストランに入れてもらえる時間になりました。お昼の席で他の人に聞いてみたら犬ゾリをした人、ブランコをした人、などみんな想い想いの方法で過ごしていました。 こんな雪像がいたるところにありました。願わくばこの火が本物だったら…。

お昼を食べると次の博物館へ向けて出発です。予定表通りのバイカル湖博物館へ!

恥ずかしながら、ここに来るまでバイカル湖の形を知りませんでした。こんな三日月形をしており、今いるリストビャンカは三日月の下にあります。そして真ん中に並ぶ二つの島のうち、左側にあるのが翌日から行くオリホン島。 博物館の展示は、地球の誕生から始まっており、この湖の長い歴史が感じられます。実際にはインド亜大陸がユーラシア大陸に激突して食い込んだときに、プレートが陥没した部分だそうです。今でも一年に2mmずつ幅が広がっているのだとか。というわけで、今は広さこそ世界第7位ですが(一位はカスピ海…って海やん)、歴史の長さ、そして湖の深さ、透明度は世界一位です。世界の20パーセントの淡水はここにあるという話でした。

こんな湖なので、固有の生物も多く生息しています。この博物館ではそんな生物を集めた水族館が併設されていました。 バイカルアザラシです(旦那曰く「エビフライみたい」)。この博物館でも専属のガイドさんが案内してくれて、色々お話を聞けたのですが、チョウザメの前では「この魚の卵が、あの有名なキャビアですね。海外から来たお客さんには英語でガイドするんですが、その時に『ロシアの伝統的な朝食には欠かせないキャビア』というとめっちゃ受けがいいです。そんなわけないのに」と言っていました。バイカル湖にしか住んでいない淡水魚といえばオームリが有名なのですが、最近では乱獲されてかなり数が減っているそうです。 こっちを向いて口を開けているのが、ガイドさん曰く「開館当初からの同僚です」

このガイドさん、途中から魚についての説明が「これは美味しいです。こっちはそこまで美味しくないです」みたいな感じでかなり雑になっていました。

水族館部分が終わると、2階にあがって微生物の見学です。 顕微鏡で。めっちゃ本格的です。バイカル湖の透明度を保ってくれている微生物の写真も撮れたのですが、ちょっとお見せできる感じではないので気になる人はぜひ博物館へ。

微生物はもう一生いいかな、というほど堪能した後、地下にある「潜水艦」へ。ここでは潜水艦型の部屋に入って、バイカル湖に実際に潜ったかのような映像を窓から見ることができます。前にあるモニターで今の水深が表示されていました。実際に潜ったわけではないのに、あまりにリアルで耳の中の気圧が変わった感覚に陥りました。 ここが最深部、1637m。水圧で押しつぶされそうです。バイカルアザラシも窓から覗いてくれたり、サービス精神が旺盛でした。

このバイカル湖博物館はためになる上に展示方法もユニークで面白いので、ぜひ!本当に暖まることができます。そしてここで気を緩めた私たちは、これから今日一番寒いところに行くことになろうとは夢にも思っていないのでした…。

Пока!

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リストビャンカへ

Привет!

バイカル湖。
世界で一番深く、また澄んだ湖だと言われています。ロシアのシベリアにあるこの湖は、その広大さにもかかわらず(琵琶湖約47個分の広さ)冬になると分厚い氷で表面が覆われ、車で走ることができるのです。透明度が高い湖なので、青い水の上を走っているかのような写真をどこかで見てから行きたくて仕方がありませんでした。 ずっと行きたいと言っていたので、実際計画を立て始めると旦那はすんなり行く気になってくれました。今回はモスクワに住む共通の男友達との3人です。流石に個人でバイカル湖に行って広大な湖の上を彷徨うのは怖かったので、ツアーに参加することにしました。

ネット上には本当に沢山のツアーが組まれていましたが、値段と日数(5日くらいを考えていました)を鑑みた結果、Байкал terra(バイカル・テッラ)という会社にお願いすることに。カムチャッカの時とは違って、ホテルから何からツアーに含まれているのでかなり楽でしたが、イルクーツク集合・解散だったので行き帰りは自分で自由に決めることができたのが面白かったです。

イルクーツクの空港に朝9時から11時の間に着くように、とのことだったのでモスクワを前日の夜に出る飛行機で向かいます。機内で寝たらちょうど時差ボケにもならないのでは(モスクワとイルクーツクの時差は5時間)と思っていたのですが、出発が遅れるわ、深夜にアイスクリームが出てくるわ(起こされる)、なかなか寝かせてもらえませんでした。 でもアエロフロートのサービスがちょっと進化したように思います。機内食のメニューが出てきて、その機内食も美味しかったです。さすが95周年。

飛行機が遅れたので、ツアーの時間の間に合わないのではと心配でしたが、無事10時前に着きました。預け荷物受け取りのところでツアー会社の名前が書かれた紙を持った女性が二人立っています。ピンクのジャケットを来た女性は「ユーリャ」と、そして白いジャケットの女性は「イリーナ」と名乗りました(どちらも仮名)。ユーリャはもうひと組待たなければいけないから、ということでイリーナにツアーのバスまで連れて行ってもらいながら少し話しました。「どこから来たの?英語とロシア語どっちが都合いい?」「日本からだけどモスクワに住んでるからロシア語でいいですよ」「日本!この間東京に乗り継ぎで立ち寄ったわ!1日くらいしかいなかったんだけどすごく気に入った。あ、私はカザンに住んでて、こちらには昨日来たのよ」「…え、イリーナさんってガイドさんじゃないんですか」「私も旅行者。昨日来たからちょっとこの街に詳しいだけ」1日で!? そのあとバスに到着すると、すでに乗っていた、イルクーツクに前日着いている他の旅行者に「日本からの仲間よ」と言って一人ずつ紹介してくれました。この人のコミュニケーション能力を見習いたい。

無事、最後のひと組もユーリャと一緒にバスに乗り込んで来たのでバスはイルクーツク州の小さな町、リストビャンカに向けて出発しました。道がモスクワの比ではないほど悪く、バス(観光用ではなく、ミニバンみたいなものです)の特性もあるのかめちゃくちゃ揺れます。時差ボケと若干の車酔いですぐに寝てしまう私たち。車が止まったかと思うと、起こされて降りるよう促されました。

バイカル湖です!目の前!はしゃぎながら写真を撮っているうちに、嫌な予感がして来ました。…もしかしてちょっと服装間違えている…?

イルクーツクはモスクワより-10度以上寒いとはいえ、そこまでじゃないだろうとたかをくくっていたのです。去年の年始のモスクワ(-27度)を耐え抜いた、厚手の靴下に真冬のオーロラを見るために買ってもらったブーツ、足用のヒートテックにスキニーパンツを履いて、上は3枚重ねの上にコートを羽織るという服装だったのですが、もうちょっと外に出ることがあったら厳しそうだな、と思いました。バイカル湖に浮かぶオリホン島へ行ってアイスハンティングするのは明日以降です。その時に100パーセントの防寒着で臨めるように段階を踏むつもりでした。

ここではバイカル湖とのファーストコンタクトだけで、すぐ次の場所に向かいます。ツアーの予定表では「バイカル湖博物館」と書いてありますが、どうやらその前に他の博物館に行くようです。 …ここは…?ユーリャさん「18世紀の村を再現している野外博物館タリツィです」いや、ちょっと待って、今の状態で野外は危険…!

次回「油断した旅行者の末路…1日目なのにこれからどうなる?」お楽しみに!

Пока!

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ゲームショップ

Привет!

太陽が本当に姿を消してしまっているのでうんざりする毎日ですが、実は今日はマースレニッツアの最終日なので太陽の形をしたブリヌイを朝ごはんに作りました。これとかこの記事とかに去年のマースレニッツアについて書いてあるのでもしよければどうぞ。

モスクワの本屋さんに行くと、本だけでなくカードゲームやボードゲームを置いているところが多いです。私も一時期は学校でカードゲームを使って勉強したりしました。この類のゲームが身近なんだという印象を受けます。

ボードゲームといえばかつて我が家もモノポリーを購入し、遊びに来た友人たちに夜な夜な勧めては煙たがられるということを繰り返しているのですが、このゲームの問題点は二人だとあまり盛り上がらない上になかなか終わらないことです。ということで、新しいゲームを買おうということになりました。いつものごとく、クラスメイトや先生に「何か面白いゲームない?」と聞いてみます。

すると先生はあるお店を紹介してくれました。 その名も「мосигра (モスイグラー)」。モスはモスクワのモス、イグラーはロシア語でゲームという意味なので、ざっくり訳すと「モスクワのゲーム」という名前でしょうか。先生によると「ここで働いている女性が本当にゲームに詳しいから、どんな状況で使うのかとか具体的に条件を提示したらいいゲームを紹介してもらえるよ」とのこと。

早速行ってみました。お店自体はトベルスカヤ通りの赤の広場寄り、モイアシャン(スーパーの名前)より少しプーシキン広場側にあります。小さな店舗ですが、扉を開けると目に飛び込んで来るゲームの数々! 店の奥にいるお姉さんと目が合いました。自分の欲しいものを端から探して行くのも気が遠くなりそうだったので、単刀直入に話しかけます。
「こんにちは。あの、今度長時間列車に乗る予定があるんですけど、みんなでワイワイ遊べるいいゲームはありませんか?ただ、普段は旦那と二人なので、二人で遊んでも楽しめるものだとより良いのですが…」

私の説明の前半を聞いてお姉さんはパッとあるカードゲームを手に取りましたが、付け足しの説明を聞くとそのゲームを元の位置に戻して違うゲームを勧めてきました。 НУАР(ぬあーる?)という名前のゲームです。これは家に帰ってから早速遊んでいるところ。

お姉さんによると、これは「ギャング」というゲームとほとんどルールは一緒で、まあ簡単にいえばギャングと探偵をお互いに当て合うゲーム、とのことです。お姉さんが自信を持ってオススメしているし、彼女の知識を信じて購入することに。ついでにトランプも買いたいというと「カード数は多い方?少ない方?」…何を言っているんだ、と一瞬思いましたが、前に違う方のブログで読んでいたので戸惑わず「多い方で」と答えます。少ない方は37枚入りで、ロシアのゲームに使うそうです。

こうして無事にゲーム類を購入して家に帰って開けてみたら、なんとНУАРの方は遊ぶ人数に合わせて6通りも遊び方がある画期的なゲームでした。カードに書いてある人名がどう見てもロシア語名ではないので、元々は英語のゲームかもしれません。

というわけで、実はジョージア旅行の後、バイカル湖とシベリア鉄道の旅に出ていました。イルクーツクまでは飛行機で、バイカル湖の現地ツアーに5日ほど参加し、そこからモスクワまでシベリア鉄道…は大変なので、クラスノヤルスクまで18時間の列車旅を楽しみ、クラスノヤルスクで一泊してモスクワまで飛行機で帰る、という旅程を立てました。その18時間を乗り切るための準備だったのです。

これからしばらくはこの旅行についてお伝えします。ブログ名が「モスクワ奮闘記」のくせにあまりモスクワにいないのでそろそろ名前を変えようか迷っていますが、もうしばらくお付き合いくださると嬉しいです。

Пока!

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ジョージア土産

Привет!

少し時間が空いてしまいましたが、ジョージア旅行記最後の記事です!

ジョージアといえば料理も有名ですが、ワインもとても有名です。是非ともお土産に買って帰らなければ、と思いながら街を歩いていると至る所にワインがありました。 それもこんな風に路上に(右手前)。

街の小さな商店でもものすごい数のワインの品揃えだったり、ちょっとレストランに入ったら破格の値段でワインを扱っていたり、この国では水と同じ扱いなのではないかと思ってしまいました。ジョージア伝統ダンスのステージがあるレストランでも1ℓの自家製ワインが200円から置いてあったので、びっくりします。

スーパーや商店のワインをお土産にしても良かったのですが、ホテル近くにいい感じの看板を見つけたので入ってみることに。温泉街から少し坂を登ったところです。 めっちゃ英語やし、半地下に入口があるし、その入口へ続く階段の前には若者がたむろしていたので怖かったのですが、勇気を出して入ってみました。

ドアを開けた瞬間に目に入ったのは、壁一面のワインラックに並ぶワイン。半地下なので明かり取り窓が上の方にあるのですが、そこからの光に照らされて光る埃。老舗のワインセラーに来てしまったような(行ったことはありませんが)、そんな雰囲気でした。 若いお兄さんが「どんなワインをお探しですか」と近づいてきました。とりあえず有名な赤ワインをいくつか教えてもらいます。ここでちょっとしたロシア語講座!ワインの辛口は「сухое(スホエ)」と言います。直訳すると「乾燥した」という意味です。甘口は「сладкое(スラーットカエ)」です。その中間は「пересладкое(ペレスラートカエ)」。この辺りの単語を使いながら希望をいうと、いくつか試飲させてくれました。値段もピンキリで、全体的に辛口でも甘めだった印象です。甘いのでジュースのように飲めてしまいそう。

実はジョージアの白ワインも美味しく、このワインショップではかなり手頃な自家製ワインを置いていました。お兄さん曰く「このワインが一番自信を持ってオススメできます」とのこと。味はもちろん美味しかったのですが、何よりラベルが全て手書きで味がありました。赤白一本ずつお買い上げ。

まだまだお土産を探す旅は続きます。可愛い街並みを見ていると、あるお土産物屋さんの窓に可愛いものが見えました。 ハチャプリとヒンカリの靴下!!カラフルです。思わず友達とテンションが上がって、店の中に入りました。いい広告です。結局色違いのものを3人お揃いで買いました。いつ履こうかな。ヒンカリの方は若干肉まんに見えないこともありませんが、ハチャプリの方はジョージアっぽくて気に入っています。

ちなみにこの町ではお土産もの屋さんの前に可愛いポストが置いてあり、お店で切手を買ってその場でポストカードを出すことができます。 モスクワもこうなれば便利なのになあ。

街並みが本当に可愛いので歩いているだけで楽しいですが、お店を覗きながら散歩すると余計に楽しかったです。ジョージア名物もたくさんあるので是非。ちなみに一度お店でロシア語で話すと「カザフスタン人?」と聞かれました。アジア系でロシア語を喋ったからだそうです。初めて言われた。

また、街中にはよくこんなものがぶら下がっています。 これは(基本的には)ブドウジュースを小麦粉で固めたものでくるみを包んで干している家庭的なお菓子だそうです。最終日まで勇気が出なかったのですが、食べなかったら後悔すると思ってみんなで一本買ってみました。

…いや、不味くはないんです。なんだろう、思っていた食感と違ってびっくりしたのだと思うのですが、初めて食べる感じでした。周りはグミに近い気がします。売っていたおばちゃんに「色の違いは?」と聞くと「混ぜているものの違い。例えばこの黄色いのは蜂蜜です」と言われてそれにしたのですが、あまり蜂蜜分は感じなかったです。ブドウジュースの味も。打ち消しあったのでしょうか。ジョージアにきたら、一度挑戦してみてください。

今回泊まったホテルは温泉街から坂を登って徒歩10分未満のここ。受付のお兄さんがめちゃくちゃカッコいい上に親切で、非の打ち所がなかったです。お部屋も清潔で、前に書いたように屋上にテラスはあるし、朝ごはんは食堂の横で作ってくれるのが見えるし、本当に快適なホテルでした。

ジョージア編は以上です!何度行っても楽しそうな、すごくいい国でした。今度は夏にも、他の町にも行ってみたいです。ジョージア文字を習得したい。

Пока!

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楽しいレストラン Tiflisi

Привет!

雪が積もってほとんど滑り台のようになった階段を、松葉杖を使って降りている人がいました。助けるに助けられなかったのですが、最後まで滑ることなく降りていてすごかったです。私も人の心配をしている場合ではなく、家から駅までの道が全部凍ってスケートリンクと化していたので本当にヒヤヒヤしながら歩きました。

ジョージア最終日の夕食は、知り合いに教えてもらったちょっといいお店に行きました。 Tiflisiです。旧市街からはタクシーで20分くらいのところだそうです。余談ですが、タクシーの値段交渉に自信がなければ、タクシーアプリを使うのも手だと思います。レストランへ向かう時はそこら辺のタクシーに声をかけたのですが、行き先を伝えるとその場でレストランに電話して行き方を聞いていたので「信頼できる」と「いや、ナビつけたらいいやん」という二つの気持ちになりました。この時間は渋滞しているから、という理由で料金も少し高めに。そしてこの運転手さんはかなりおしゃべりでした。「日本人なの!?日本語教えて!そうそう、僕に日本語で名前をつけてよ」から始まり「子供はいる?いやもう本当に子供って可愛いよ!僕の子供たちみる?」と携帯で見せてきたり、彼のこれまでの恋愛遍歴を聞かされたり、面白かったです。しかしトビリシは一方通行の道が多いそうで、どうしても目的地にたどり着けなくなりました。色んな人に道を聞いて、やっと着いたのが出発から1時間ちょっと経った頃。

3人とも疲れきって入店すると、私たちのテーブルを担当してくれたウェイターさんは笑顔の素敵なおじさんでした。もうこの笑顔だけで癒されます。落ち着いた店内に多すぎも少なすぎもしないお客さん。ヴァイオリンとピアノの生演奏まであってこの時点で来て良かった!と思えました。

このウェイターさんも親切にたくさんアドバイスをくれます。ジョージア人は世話好きな人が多いですね。お酒にあまり強くないのにその土地のクラフトビールを飲みたがる旦那が「普通のと黒とどっちがいいですかね?」と尋ねると「それはもう『車はベンツかフェラーリかどっちがいいか』って聞いてるようなものですよ。どっちも良いです」とか「煮込み料理が美味しいって聞いたんですけどおすすめあります?」と聞くと「めちゃくちゃ美味しいのがあって!このロシア語と英語のメニューには載っていませんね、ジョージア語のメニューのここに載っているこれ(もちろん読めない)がおススメです」と教えてもらい、よく分からないものを注文することになったりとか。 そのお料理がこちら。骨つきの豚肉がほろほろで、めちゃくちゃ美味しかったです。にんにく何個摩り下ろしたんやろ…と考えてしまうくらい大量のにんにくも付いてくるので、辛いものが好きな人はこれをつけるのもおすすめ。

その前にもヒンカリが安いし(一個26円程)食べておくか、と注文しようとすると「10個から」と言われたり、ハチャプリが有名なお店なので注文するとめちゃくちゃ大きいハチャプリが出てきたり、ジョージアらしい食事ができました。 ちなみにこの時「ハチャプリの正しい食べ方を知っていますか?」と聞かれたので首を横に振ると、ウェイターさんはおもむろにナイフとフォークを出して中のチーズ&卵部分と周りのパン部分の境目にナイフを入れました。ぐるっと一周切れ込みを入れると、ナイフとフォークを使って中のチーズと卵を綺麗に混ぜます。そして「あとは周りのパンをちぎって中につけながら食べてください」と言い残して去って行きました。この食べ方、初日に知りたかった。

めちゃくちゃ美味しかったサラダ。鶏肉の旨味が最大限に引き出されていました。

お会計をすませると、ウェイターさんが突然話し始めました。「今日の最後にあなたたちに出会えて良かったです。ジョージアはあと何日いるんですか?今日が最終日!気に入りました?また来てくださいね!僕はここでガイドなどもやっているので、次来られる時は是非連絡してください。そうだ、whatsAPP(LINEみたいなアプリ)やられていますか?僕の番号をお教えしますね!ジョージアでは『君は家族同然だ』と言われた回数が多い方が良いんです。もうあなたたちは僕の家族です。また来てくださいね」 …レストランに行っただけでここまで言われたのは初めてです。ウェイターさんの電話番号を手に入れ、その場では別れを告げました。

レストランのWi-Fiを借りて、帰りはYandex(ロシアのグーグルみたいなもの)でタクシーを呼びました。値段は行きの3分の1、会話は0です。路上で捕まえるのも、アプリで呼ぶのも、どちらにもそれぞれの良さがあるとおもいます。

このレストランの住所を載せておきますね。もしトビリシに行くことになれば是非。
Tiflisi
31 Simon Kandelaki St.

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ナリカラ要塞とクルーズ

Привет!

最近学校で小説を読むのですが、毎回切なかったり悲しいので「ここから先どうなると思う?」と先生に聞かれたときに思いっきりハッピーエンドを答えてしまいます。その度に先生に「あのね、ロシア文学にはそんな結末は用意されていないわ」と諭されます(そして大抵中途半端なところで終わるオープンエンド)。そんなところもロシアの不思議な魅力の一つだと思うようになってきました。

さて、太陽輝くジョージアの話の続きです。ケーブルカーで上がると、目の前に三つの道が提示されます。右に行くと「ジョージアの母の像」の足元まで行くことができ、まっすぐ進むと植物園…というか森へ降りることに。そして左の道を選ぶとナリカラ要塞へいけます。とりあえず左の道を選んでみました。そこから見えた景色がこちら。 まるで天空の城にいるみたいです。テンションが上がったのでみんなで「君を乗せて」を歌いながらナリカラ要塞へと続く細い階段や道を進んでいきました。道はアップダウンが激しく、結構体力を持って行かれます。しかし街を一望する素晴らしい景色を見たり、時々現れるジョージア文字の看板に「読める!読めるぞ!」と言ってみたり(主に旦那)、森へ迷い込んでしまって路上でフレッシュジュースを売っているおじさんに救出してもらったりしているとあっという間でした。 こんな道が続きます。まあまあ人も多いし一本道なのにどうして迷ってしまったのか。

着きました!城壁の向こうには小さな教会と、崩れた城壁が残っていてロマンを感じました。この協会は聖ニコラス教会。 ここはもともと4、5世紀に建てられたと言われています。要塞なので、戦が起こるたびに修復されたり改築されたりしましたが、19世紀に要塞内にあった火薬庫が爆発して建物の大部分が失われたそうです(教会は新しく建てられました)。ということはここは200年ほどこの状態なのか。

めちゃくちゃ綺麗な街も一望できます。

ついでに、かなり崩れかけた城壁ですが、細い階段が壁に沿って付いており、登ることもできます。一人ずつしか登れない上に一段一段がとても高いので、慎重に両手両足で登っていきました。上から見たほうがわかりやすいのでこの写真を。さっきまでいたところが遙か遠くに見えます。右端にいるのが友達です。さっきまで一緒にいたのに!

登ったはいいものの、降りるのが怖くなって来ました。この写真を撮った場所が城壁の終わりでしたが、ここから降りることもさらに丘を登ることもできます。私は降りましたが、旦那はさらに登って行きました。彼曰く、丘の上には何もなかったそうです。降りてくるときに撮れたシルエット。

かなり満喫したのでロープウェイのところまで戻って、帰ることにしました。ちなみに旧市街方面へは歩いて降りることもできます(ロープウェイに乗るときに片道か往復か聞かれました)。

ロープウェイからの風景です。本当にいい天気で気持ちが良かったです。写真下に見えているのはクラ川。トビリシという街は、このクラ川の両岸に広がっている形になります。

最終日、時間があったのでこの川のクルーズに参加することにしました。上の写真でも、いくつか船着場が見えます。この中でも一番左側にある船着場へ行ってみました。

おじさんが二人、ボードゲームをしているところに「船に乗りたいんですが…」と声をかけると「どうぞどうぞ!一人で25p(1000円)で、30分ほどですよ」と教えてくれました。小さいモーターボードでしたが、とても楽しかったです。彼が操縦士さん。 カメラを向けるとキメ顔をしてくれました。彼は昔モスクワで兵役を経験したそうで、モスクワは今どんな感じかなど色んなことを話せたので嬉しかったです。一度は私たち全員に「ちょっと操縦してみる?」とハンドルを握らせてくれました。もちろん彼はハンドルから手を離さず、微妙に軌道修正をしてくれます。

川からだと、この街の面白さがより見えてきました。 岸ギリギリまで家が建っています。

中には滝までありました。 わざわざこの前でボートを止めてくれる操縦士さん。説明を待っていると「滝だよ!」とだけ言われました。うん、せやな。

ここからUターンして、船着場を通り過ぎ、平和橋をくぐると川の高さと岸の高さが同じになってきました。 この街の魅力は旧市街とこのような近代的な建物が本当に近くに立っていることだと思います。ちなみにこの建物はパスポートを発行したりする公的な機関だそう。

船着場に激突する形でボートは元の場所に帰ってきました。「小さな交通事故だね」と操縦士さんが笑うので、こちらも笑ってしまいました。こういうところも含めて、お茶目な操縦士さんとステキな時間が過ごせました。もし時間があればおススメです。

Пока!

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