馬耳風風 (ばじ カザフう)

2016年7月末〜 2018年8月 モスクワ/2018年10月〜 カザフスタンのアスタナ

地下宮殿

Привет!

突然気温が20度台を切って、もう戻ることがなさそうなので、もう秋も終わりそうな気配です。先々週くらいまで夏だったのになあ。

いよいよイスタンブールを観光します!ホテルがある通りをアヤソフィアに向かって歩いていると「メドゥーサの家」というレストランがあります。 なんでここでメドゥーサ?まあギリシャ近いけど…と思いながら少し先へ進むと、地下宮殿への入り口が見えました。私たちは朝一番にここへ着いたので、まだ列があまりできていませんでしたがお昼過ぎに前を通った時にはかなりの人がいました。

観光地自体は地下にあるので、あまり目立たない外観に少し驚きました。一見どこかの交番のようです。観光地によくある荷物検査と金属探知機を通り抜けて、チケットを買って55段の階段を下へと降りると、そこには息を飲むような光景が広がっていました。

いや、ふざけているわけではありません。実際こう見えるのですが、いかんせん私も旦那も撮影技術が追いつかず、どんな写真を撮っても真っ暗になってしまうのです。上の写真はパンフレットですが、どちらかというとロシア語版の写真の方が実際の色合いに近い気がします。

ここは、ビザンツの皇帝ユスティニアヌス(527-565)によって作られた地下貯水槽です。宮殿というのは水面から見える大理石でできた柱が数えられないほどあることから「まるで宮殿だ」と市井の人々にそう呼ばれただけで、ここに誰かが住んでいたわけではありません。トルコ語でも正式名称は「イェレバタン・サルヌジュ(地下貯水池)」となっており、英語でも「basilica cistern(バシリカの貯水池)」と書かれています。英語名に出てくるバシリカとはローマ時代に裁判や集会に用いた長方形の建物のことで、かつては貯水池の上にバシリカがあったそうです。

ここの面積は9800平方メートルで、高さも9mあるので10万トンもの水を貯めることができたそう。基本的に水を貯めるために作られたもので、美しさは求められていなかったため、古い建物に使われていた柱がここで第二の人生を送っています。336本ある柱のうち98本はコリント式、それ以外はドーリス式、というように統一すらされていないばかりか、柱の高さが足りないところはかつてなにかの建物の装飾として使われていたであろう石材が無造作に使われています。 メドゥーサ!こんなところで横倒しに使われて…この貯水池の最奥の柱の土台にこれと、上下逆さまで柱の下敷きになっているメデューサがいました。ん?ちょうどこの上ってあのレストランの場所じゃない?早い段階で謎が解けてよかったです。
メドゥーサの周りは少し堀のようになっており、かつては魚がいたそうなのですが、今はコインがたくさん投げ込まれていました。どこでも一緒だなあ。

色々な柱が使われているので、もちろんメドゥーサ以外にもいわくつきの柱があります。 左手前の柱にだけ模様がついていて、他と色も違いますよね。これは「泣いている柱」と呼ばれており、この柱だけ濡れているそうです。他の柱は通路から遠いので濡れているかどうかわからなかったのですが、確かにこの柱だけ苔が生えそうな色をしています。またこの柱には言い伝えがあり、この柱に指一本分あいている穴に親指を入れた時に指が濡れると視力が良くなる、子宝に恵まれる、さらに親指を入れたまま穴の周りをぐるりと円が書けたら願いが叶うそう。

誰も写真を撮るばかりで柱に触ろうとしないので、禁止になったのかと思いましたが、他の観光客のガイドさんが勧めているのを見て私も挑戦してみました(ちょっと潔癖なところがある旦那は衛生面から断っていました)。正直、柱全体が濡れているので親指も自然に濡れ、円も全員が書けるのではないかという感じがしましたが、こういうのはやってみるのが大切です。

用途が違うので当たり前ですが、カッパドキアと同じ地下に作られたものとは言っても全く雰囲気が違うので驚きました。天井が高いのはいいですね。

入り口付近では、衣装がたくさん置かれており、アラジンに出てきそうなセットが作られていて「アリ王子なりきりコーナー」ができていたのが面白かったです。ちょうどこの近くにアヤソフィアがあり、そこから海辺へ緩やかな坂道になっているので、先日見た実写映画のアラジンの舞台、アグラバーにそっくりなのです。

ちなみに出口は入り口と違う通りにあるので注意してください。外へ出るとまず眩しくて驚きますが、目が慣れてくると知らない景色の中に立っているのでまた驚くことになります。

では、次は念願のアヤソフィアへ!