馬耳風風 (ばじ カザフう)

2016年7月末〜 2018年8月 モスクワ/2018年10月〜 カザフスタンのアスタナ

空中散歩

Привет!

気球のお話です。前回はこちら。 mickymm.hatenablog.com

気球に乗り込むと、パイロットのお兄さんが英語で説明を始めました。「皆さん、ようこそ僕の初めてのフライトへ!冗談です、実は5年目です。まずは3点、お話ししたいことがあります。まず一つ目。なんとこの気球にはWi-Fiがあります!パスワードは聞いてください」…めちゃくちゃ近代的!一瞬繋ごうかと思いましたが、設定している間も景色から目を離すのが嫌だったので繋ぎませんでした。「二つ目。着陸するときは全員こちらの方向を向いて、出来るだけ腰を落としてください。バスケットの中に座り込む感じです。練習してみましょうか。いいですね」友達によると前回は着陸する時にバスケットが横倒しになったそうです。気球って結構危険なのでは。「そして三つ目。これが一番大切なことなのでよく聞いてください。…僕の名前はトルガです。パイロットの名前を忘れていたらどんな質問にも答えませんからね。では空の旅を楽しんでください」

このトルガさんはずっとこんな調子で冗談交じりに話していました。彼の話に笑っていると、気がつけばバスケットが浮かんでいるではありませんか!飛ぶかどうか、あれだけドキドキしていたので気球が浮く瞬間は感動すると思っていたのに案外あっさりと飛んでしまいました。でも、今日は飛べるんだ!! なんて神秘的な景色でしょう。もう先に浮き始めた気球と、地上で火を入れ始めた気球と、夜明け前の赤く染まる空。気球は高度800メートルまでしか上がってはいけないそうです。パイロットのところに高度計が積んであるようで「今400m」など時々アナウンスしてくれます。火を入れるとバルーン内の空気が温められて浮かぶという原理ですが、トルガさんはガスボンベを開ける時にリズムをつけます。私はそのガスボンベの真下だったので熱を感じました。

高度が上がるにつれて空が明るくなってきます。脳内BGMにアラジンの「A whole new world」を流して浸っていると、トルガさんが話し始めました。「空の上はとても静かで、平和で…夫や妻のことなんて忘れられますよね。あ、今一緒にいる場合はここから相手を突き落としたら忘れられますよ」…毒舌な空飛ぶ絨毯に乗ってしまったようです。 こんな景色を見ているのに。

すぐ下に目を向けると、奇岩の中に沢山の気球がこれから上がろうとしていました。トルガさんの持つ無線はずっと何かしらをトルコ語で発信しています。トルガさんに「そうそう、この気球の名前はTC-bomです。もし無線からこの名前と『何してる!どこに行くんだ!』などの言葉が聞こえてきたら教えてください」と言われ、少し不安になります。 一度、ほかの気球のすぐ上を通過したのですが、そのときは無線で「今上を通過中だから上がってくるな」と伝えていたとトルコ語を解する友達に教えてもらいました。これだけの気球の名前を覚えるのは大変だろうなあ。

しばらくして、彼は言います。「さっき、この気球の名前はTC-bomだと言いましたが、実はほかのニックネームもあります。タイタニックです。さあみなさん衝撃に備えて!」慌てて彼が指差す方向を向くと、山肌が目の前に迫ってきていました。 あわや衝突か、と思ったとき、ガスボンベが唸り、気球はふわっと浮きました。
気球は上下の調節は簡単だけれど、横移動は風まかせな部分が大きいようです。そんな説明をしながらも「さあ、ここからイスタンブールまで飛んでいきましょうか!」と冗談を飛ばすトルガさん。「この気球体験をSNSに投稿するときはハッシュタグでクレイジーなパイロットって書いてね!」

朝日が昇ってきました。 なんと神々しい。今回は1時間コースをお願いしたのですが、空にいると時間の感覚が消えます。まだ5分だと言われればそんな気もしますし、もう2時間くらいこの景色を見ている気もするのです。また、上空は寒いと聞いていましたが、カザフで鍛えたお陰か、上着を忘れてしまった私と旦那でも意外と平気でした。友達はウィンドブレーカーを着ていたので、それが正解かと思います。

少しずつ地面が近づく瞬間が多くなり、かと思えば離れるので、着陸のタイミングがあまりつかめません。 地面を見ながら「比較的色の濃い土は掘りにくくて、白い土のところが掘りやすいので、人々が住んだのも白いところなんですよ」と教えてもらいます。一生懸命ホテルを探そうとしましたが、方向が違うのか見つかりませんでした。

「ところで、着陸はスリル満点なものと、安全だけど退屈なものとどちらがいいですか?」全員、少し考えます。「僕はスリルが好きなんですが、どうしてもという人がいれば退屈な方にしますよ」誰も反対しなかったので(肯定もしなかったのですが)、トルガさんは心を決めたようです。私は結局どちらになったのだろうと考えながら、着陸の合図を待ちました。

突然、トルガさんが「さあ、初めに練習した着陸のポーズを!」と言います。冗談ばかり言っていたので初めこそこれも引っ掛けなのかと思いましたが、みんなと同じ方向を向き、バスケットの中に座り込むように腰を落としました。もう周りは何も見えません。すると、バスケットが地面をガガガッとする音が聞こえ、かなり大きく揺れた後、しっかりと地面に着きました。その瞬間、トルガさんはバルーンから出ている紐を掴んで、バスケットの外に飛び出し、私たちにバルーンが落ちてこないよう遠くへ走ります。そこへトラックが二台やってきたかと思うと、トロイの木馬のように中から人が飛び出してきてトルガさんを手伝います。バスケットの方に帰ってきたトルガさんは「スリルのある着陸はどうでした?あそこの木を倒そうと思っていたのに狙いが外れちゃった」と笑っていました。

全員また脚立を使ってバスケットから出ると、そこにはシャンパンが用意されていました。 ロマンチックにしておきますね、と言いながらバラの花びらをテーブルに振りまくトルガさん。「昨日の晩寝ずにこのクッキーを焼いたんですよ」とクッキーとシャンパンを配ってくれました。私の前では「IDある?本当に成人しているの?ジュースにしない?」とまた冗談を言われました。チョコがけのイチゴとクッキーを頬張り、シャンパンを飲み干すと、まだ飛んでいる気球がたくさんあったので写真を撮りに走ります。 朝靄のなんとも言えない空気と、草原と、気球のステキな写真が撮れます。自分のバスケットのところへ帰ってくると、一人一人トルガさんから記念メダルを首にかけてもらいました。ここからはトラックに乗ってホテルまで送ってもらいます。

これまで見た中でも1、2を争う絶景でした。一生忘れられない景色です。何か辛いことがあっても、この朝を思い出すと乗り越えられそうな気がしています。

Пока!