モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

ノブゴロドについて&ホテル

Привет!

最近朝おにぎりを作って学校の休み時間に食べているのですが、たまたまかぶりつくところを見ていた先生に「それ、砂糖の塊?」と聞かれました。もともと開けていた口が呆れてもっと開いた気がします。思わず「ライスボールって知らない?」と聞くと「ああ、それお米なの!」とのお返事。先生、手のひらほどの砂糖の塊を生徒が食べていたら、とりあえず止めてください。

さて、ノブゴロドにつきました!観光地の紹介をする前に、今回はこの街について少し書こうと思います。

「ノブゴロド」と聞いて、このブログを読んでくださっている方の中には聞き覚えがある、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。そうです、5月初めに旅行した「二ジニー・ノブゴロド」という街にもノブゴロドの文字が入っています。その時の記事と被ってしまうのですが、この街の名前の由来は「新しい=новый(ノーヴィ)」と「街=город(ゴーラド)」の2つの単語からできています。つまり訳すと「新しい街」です。

駅の表示にありました。

ただ、やはりモスクワやサンクトペテルブルクと比べて有名ではないので、友人に行ってきた、と話すと「延五郎(のぶごろう)みたいな響きで面白い名前だね」と言われました。その発想はなかった。そんな少し地味なイメージを持たれがちなノブゴロドですが、街の名前の由来とは違って、実はロシアで一番古い街だと言われています。

ルーシと呼ばれるノルマン人またはスウェーデン人の部族(ヴァイキングだったと考えられています)の一人、リューリクによってこの場所にノブゴロド公国が作られたのが862年。1478年にイワン雷帝によって併合されるまで繁栄しました。

新しく街ができるとこの名前がつけられがちなので(二ジニー・ノブゴロドしかり)、区別するためにもこの一番古い街であるノブゴロドは尊敬の意をもって「偉大なるノブゴロド=великий новгород(ヴェリキー・ノブゴロド)」と呼ばれています。ロシア人に「ノブゴロド行ったよー」と話すと「どの?(Какой?)」と聞かれました。

夕方7時半ごろにバスターミナルについた私たちは、その日のホテルを目指して歩き始めました。雨上がりで少し滑りそうな、上の写真のような景色の中を20分ほどほとんどまっすぐクレムリンの方へ進むと「ヴォルホフ」というホテルに着きます。思ったより小さな街でしたが、この20分歩いただけで居心地の良さが伝わってきました。若者たちが楽しそうに散歩したり、親子連れで歩いていたり、小さなお店が道沿いに並んでいたりします。

一応前の日にチェックイン時間(14:00)にはつけないことを旦那が前もって伝えてくれていたので、スムーズにチェックインできました。優しそうなレセプションのお兄さんに晩御飯にいいレストランがないか聞くと、クレムリンの近くにある一軒と、ホテルの中のレストランをお勧めしてくれました。ちょっと疲れていたのでその日はホテルのレストランへ行くことに。

もしここへ来ることがあれば「冷たいボルシチ」を注文されることを強くお勧めします。冷製スープの特集だったこともあり、卓上の広告でも宣伝していたので頼んだら正解でした。 美味しいのはもちろんのこと、自分で(写真右にある)ボルシチスープを具材(写真左)の上にかけていただくタイプになっていました。ただただ、楽しい!

次はメインです。母が頼んだのはザンダーという白身魚のグリルでした。 写真左の小さな入れ物に入ったピンクの液体が付いてきました。魚の上にかけるものか、そのまま飲むものか迷った挙句、舐めてみると、なんとクランベリーのウォッカでした(後で店員さんに聞いて確かめました)。次の日の朝食会場(バイキング形式)もこちらのレストランです。

3人部屋はなかったので二人部屋+一人部屋(階は違いました)だったのですが、250p(500円)ほどでビリヤード台が使えたり、その横には こんなコーナーがあったりと面白いホテルでした。これはなんと「忘れ物博物館」です。さかのぼることソ連時代、1959年からついこの間までの忘れ物が展示されています。部屋番号と、名前付きで。歯ブラシや髭剃りのような、まだ分かる忘れ物から、アイロンや注射器(しかも2つ)、タイプライターのような、なぜこれを忘れた?というものまであって、じっくり見ていると時間があっという間に経ってしまいました。

Пока!

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