モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

二ジニー・ノブゴロドへ

Привет!

日曜、月曜と日中23度以上を記録し、暑かったのでノースリーブで歩いていました。この前雪降ったよね??そして今週末は最高気温9度の日とかもあるね?ロシア人の体と衣替えはどうなっているんでしょう。

そんな暑い中、4/30に結婚一周年を迎えた私たちは小旅行に行ってきました。行き先は二ジニー・ノブゴロド。モスクワの東440kmに位置するこの街の名前は"новый"(ノーブィ:新しい)と"город"(ゴーラド:街)が繋がって「ノブゴロド」、ロシア国内にノブゴロドという地名はたくさんあるので区別するために"нижний"(二ジニー:下の)をつけてできています。工業が盛んな土地で、中でも自動車工業は有名だそうです。軍事需要もあったために、ソ連時代には外国人の立ち入りが禁止された「閉鎖都市」となっていました。なんと1990年までです。

なぜそんな工業都市に興味を持ったかというと、先週まで学校に来ていたアメリカ人Jちゃんが2年前にこの街で2ヶ月ほどホームステイをしていたという話をずっと聞いていたからです。さらには2週間前にモスクワとサンクトペテルブルクにしか行ったことのなかった先生まで遊びに行ったというではありませんか。どんな街なのかこの目で確かめて見たくなり、つい1週間ほど前にホテルと列車を予約しました。

当日、天気は快晴。気持ちよく家を出ましたが、私が少し列車の時間を勘違いしており(旦那は知っていたらしいのですが、焦りや動揺などを出さない人なので気付きませんでした)、出発1分前に駅に着くことが発覚しました。モスクワに来て以来最速でメトロの乗り換えをしました。どこでどう都合がついたのか、おかげで10分前には到着しました。 二ジニー・ノブゴロド行きの列車が出るのはメトロКурская(クルスカヤ)駅に直結している、同名の長距離列車駅です。プラットフォームは1番だと書いてあったのに、突然駅員さんに声をかけられて「君たちの電車はあっちだよ!」と示されたのは11番。疑心暗鬼になりながら時間もなかったのでそちらへ行ってみると、ちゃんと正しいプラットフォームでした。なんでわかったんだろう。 リアル世界の車窓から。

電車内は6人がけのボックス席になっており、机などはありませんでした。連休ということもあり(ロシアでは月曜日が祝日でした)、満員です。途中いくつかの駅に止まりながら、4時間の列車の旅が始まりました。

かなり気になったのは、席の番号の振り方です。3人がけの席が向かい合っているのですが、写真のように 途中の数字が抜けているのです。これは23に限ったことではなく、手前は19番がなかったりしました。おそらく数学者であれば法則がすぐ分かったのかもしれませんが、根っからの文系二人は考えようとすらしませんでした。縁起の悪い数字なのかなあ。

旦那は3人がけの椅子の通路側に座っていたのですが、旦那の前に屈強なお兄さんが、お兄さんの横にはおばあさんとお孫さんが座っていました。おばあさんが途中の駅で降りるときに、お兄さんに大きな荷物を運んでくれるよう頼んでいます。お兄さんは「もちろんですよ」とにこやかに言って、荷物を昇降口まで運びました。戻ってくると今度は旦那の通路を挟んで横に座っていたお姉さんに「手伝いましょうか」と声をかけました。どうやらお姉さんがお菓子の袋を開けられず困っていたようです。ここまでは「手助けが好きな、いい人なんだなあ」と思って見ていたのですが、お菓子の袋を開けてあげて返すときに「ところで僕の名前は○○。よろしくね。そうだ、僕の横の席(おばあさんが居たところ)が空いているんだけど来ない?」と誘っているではありませんか。あまりにも自然なナンパに旦那と空いた口がふさがりませんでした。それから1時間、二人は仕事や勉強の話、好きな本や映画や音楽の話、飲酒や喫煙の影響などについて、途中の駅でお姉さんが降りるまでずっと話していました。あの二人のこれからを想像せざるを得ません。そんな私たちを乗せた列車が二ジニー・ノブゴロドに着きました。 降りるときに見えた、斜め後ろの席のユニークな模様がついた窓(おそらくヒビが入っているのでしょう)。

二ジニー・ノブゴロドの第一印象は「え、駅小さすぎへん?」でした。若干の不安を抱えつつ、街の中心部へ向かいます。

Пока!

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