馬耳風風 (ばじ カザフう)

2016年7月末〜 2018年8月 モスクワ/2018年10月〜 カザフスタンのアスタナ

ペイントボール

Привет!

天気がいい日が続いて気持ちがいいです。家の中はかなり暑く、床暖房が切れないかなあと思っているのですが、来週もう一度寒波が来そうなのでもうすこし我慢することにします。それにしてももう春だなあ。

というわけで、すこし暖かくなってきたのでアクティビティに出かけます。アスタナの郊外に屋内のペイントボール場があると聞いて、9人ほどで行ってきました。早速乗れるようになった車で10kmほどのドライブです。 会場近くは貨物列車用の線路がとても多く、道はあまり舗装されておらずボコボコでした。それにしても空が広いですね。

さて、ペイントボールとは、障害物が置かれた敷地内で2グループに分かれてインクが入った弾を撃ち合うゲームです。サバイバルゲームなどと同じような容量ですね。当たったら服に色がつくのでわかります。施設の人によると胴体と頭に当たるとアウトですが、腕や足は当たってもセーフだそうです。グループが全滅すると負けでもいいですし、敵陣地にある旗を取ってくる、というようなルールにもできるのでかなり自由度が高かったです。

まず施設に着くと、長袖長ズボンの迷彩服を貸してもらい、着替えます。ただ、かなりのスピードで弾が飛んできて、当たると痣ができるほど痛いので、すこし厚めの衣服を着ていき、その上に迷彩服を羽織るイメージです。それから上に書いたようなルールの説明の後、ヘルメットとゴーグル、マスクがくっついたものと、銃を渡されます。ヘルメットは会場内では絶対取らないように言われました。弾が当たったら手を上げながら会場の外に出て、そこでヘルメットを外せとのこと。

会場の入り口。中では戦いが行われています。一段高いところに施設の人がいて、審判や照明の調整、危険行為をした人の注意をしてくれます。中は真っ暗なように見えますが、薄暗くなったり明るくなったりします。薄暗い時に動くのがいいと教わりました。

実際始めてみると、ひたすら怖かったです。障害物の裏に隠れて、相手が出てくるのを待っているのですが、様子見で頭を出した途端に自分が隠れている障害物に弾が打ち込まれたことがわかりました。そこからは打たれたくないけどうごかないと進まない、でも痛いのが怖い、という感情のせめぎ合いでした。これが実際の戦場となると「痛い」では済まないんだよな、などということも考えました。

明るい時の会場はこんな感じ。

一度指先に弾が当たったのですが、しばらく指が動かせないほど痺れて痛かったです。ルールとしてはセーフなのですが、途中棄権したくなりました。あの時ほど「こんな不毛な戦いは終わらせよう」と思ったことはありません。また味方のはずの旦那に後ろから撃たれた時は文字通り衝撃でした(実際には敵と旦那の間に私が入ってしまったようなのですが、それでもしばらく恨みました)。

戦いの最中は緊張し続けていましたが、いざ終わってみると「なんだかあのスリルが楽しかったなあ」という感想だったので自分で驚いてしまいました。最後の試合で自分は狙っているより上を撃っていることがわかったのでリベンジしたいのもあります。弾は100発で1500テンゲ(500円程)、250発で3500テンゲ(1200円程)でした。銃や場所代も含めて、一人5000テンゲ(2000円弱)でこの体験をできるのは良かったです。

アスタナは乾燥しているのですが、湿地の上に作ったのだなあというのはこの施設付近の水はけの悪さで思い知りました。施設に行くのに、池を超えなければいけなかったのです。 普段は道だというのが信じられず、思わず撮影してしまいました。

これからいい季節なのでいろいろなアクテビティをしたいと思います!

Пока!

車にまつわるあれこれ

Привет!

地図アプリや色々な住所が「ヌルスルタン」に変わって、日本人の友人が、からかうように「ヌルスルタン」と言うので私もやっとヌルスルタンに慣れてきました。未だに「アスタナ」という名前を聞くと懐かしくてあったかい気持ちになるのですが…自分がこんなに思い入れがあったとは。でもロシアは国名が一夜でソビエト連邦に変わったり、70年後にまた戻ったりしていることを考えると、都市名で済んで良かったのかもしれません。ちなみにツェリノグラード時代からこの地に住んでいるロシア語の先生に聞くと「アクモラからアスタナに変わったとき『いやアスタナって!首都に首都ってつけて変なの』(アスタナはカザフ語で首都の意)と思ってたけど一年経ったら慣れて今は綺麗な名前とさえ思ってたから、今回も2年くらいしたら好きになるのでは」と言っていました。心が広い。

さて、そんなヌルスルタンですが、地下鉄がないので車があるととても便利です。私も旦那も教習所を出てからほとんど車に乗らずに生活していましたが、ここに来て中古車を買うことを決意。先日日本に一時帰国した時に免許を更新したので、先日から車に乗り始めました。

まず驚いたのはガソリンスタンドのシステム。日本では実家の車でセルフサービスのガソリンスタンドに行ったことがなかったので、セルフサービスばかりだったらどうしようと恐る恐る車で乗り入れました。 騎馬民族のマークがかっこいいノマドオイルへ。全世界共通でこの値段表はありますね。おそらくリットルの値段だと思いますが、これはテンゲなので3で割ると日本円に近くなります。だいたい60円から70円程でしょうか。さすが石油産出国。

車で入っていくと、係員に誘導されて給油機の横につけます。うちの車は95というガソリン(表の標識には数字がなかったのですが)なので、係員に指示された7番へ。切らしている時もたまにあるらしく、余裕がある時に給油した方がいいというアドバイスも受けました。 給油口を開けて、管をつけてもらったのが確認できれば、ガソリンスタンドの店内へ入ります。そこにはレジが二つあり、一つはガソリン代を払う場所、もう一つはカー用品を買うための場所です。ガソリンの方の店員さんに何番の給油機かを伝えると「95?」とガソリンの種類を確認されました。そこで入れたい量を伝えるか、満タン(пол:ポール)と言って店内で待機。指定の量が入れば給油機の番号で呼ばれて、お金を払うという仕組みです。冬は寒いのでできれば車内で支払いまで済ませたいところですが、店内でカー用品を見られるのでそれもまた楽しいです。ちょっとしたお菓子や飲み物も買えます。 こんな感じ。他の国とあまり違ったところはないですね。ちなみに洗車は別の場所でできます。まだしたことがないので、また挑戦してから書きますね。

さて、極寒地であるこの街では、夏用のノーマルタイヤと冬用のスパイクタイヤを併用しています。ちょうど乗り始めるタイミングで気温が上がって路上の氷も無くなっていたので、夏用タイヤに変えてみました。教えてもらったショッピングセンターの地下にあるタイヤ交換と保管をしてもらえる場所に行ってみます。 タイヤ保管と書いてあります。

やはりみんな考えることは一緒なのか、かなり混雑していました。駐車場の一角なので、店員さんに声をかけて、近くに駐車して順番を待ちます。「うちにタイヤを置いていますか?それとも新規の方ですか?」と初めに聞かれました。ここでは8000テンゲ(2800円程)で交換をしてもらえ、そのあと1ヶ月につき1000テンゲ(330円ほど)でタイヤを保管してもらえます。もっと殺伐とした雰囲気なのかと思っていましたが、ちょっとした指示がわからなくて何度も聞き返したり間違えたりしてしまっても根気強くジェスチャーや簡単な言い回しに直してくれて教えてくれました。とても優しかったです。 車をあげたり下げたり、タイヤを外したり、普段はなかなか見られない光景を楽しんでいると気がつけば交換が完了していました。とりあえず冬シーズンが始まる11月まで保管してもらうように契約して、お支払いをして終わり。新しいタイヤで地上に上がると…外は雪がちらついていました。夏用タイヤに変えたばかりなのに。道が凍ってなくてよかったです。

これでちょっと生活が楽になりました!私はまだ練習した方がいいようですが、旦那はブランクを物ともせず、すいすい走っています。

Пока!

服屋さん巡り

Привет!

今日の最高気温は14度で、もはや暖かいを通り越して暑いくらいに感じました。家を出るときに何を羽織るかとても迷います。明後日は最高6度、最低-2度まで冷え込むようで、三寒四温を肌で感じます。雪はほとんど消えてしまいました。早いなあ。

暖かくなってきたので、先日友人と春服を探しにショッピングセンターに行きました。可愛いお店も時々あるのですが、「面白い服」が置いてあるお店も結構あります。面白い服とは例えばこんなもの。 これは真冬に見つけたものですが、なぜこのシーンをセーターに編み込もうと思ったのか疑問です。

先日はこんなシャツもありました。日本ではボディシャツと呼ばれているようですね。 初めはびっくりしたのですが、調べてみると何百年も前にはまだ下着はなく、シャツがその役割を果たしていたのだそうです。その時の形のものが残っているものがこれだそう。今ではシャツがずり上がってくるのを防ぐためにこれを着る人もいるそうです。このシャツに関してはモスクワで友達も見かけたそうです。

そういえば先日、タクシーに乗ると「どこの人?」と聞かれました。「日本人だよ」と答えると「クアラルンプールから来たの?」とさらに質問が。ソウルや北京は慣れたものの、流石のクアラルンプールには驚きましたが少し間を置いてから「…それはマレーシアでしょう」となんとか冷静に対応できました。ついでに降りるときに「韓国語で『ありがとう』ってなんていうの?」と聞かれたのので「日本語でいい?」と質問を返す羽目になりました。そのくらいカザフ人には珍しい日本ですが(いえ、ここまでは滅多にありません)、服屋さんにはこんな服もありました。 ベイビーガールもなかなかですが、なんで訳したんだろう。英語でいう「Darling」のようなニュアンスを出したかったのでしょうが、文化的にそれを日本語で表すのは難しいだろうなあ。

日本といえば、何気なく目をやったショーウィンドウでこんなTシャツも見つけました。 なんか見覚えのある配色だと思っていたら、まさかの楽天。著作権は…おそらくクリアしているのでしょう。多分。

色々と紹介しましたが、この日のMVPはこちらのパーカーに与えたいと思います。 まずこの商品を思いついた人のアイデア力、そして企画書を通したこの会社の人の懐の深さ、その上結構な数を入荷し、広い店内の目立つ場所に陳列したこのお店の大胆さ。全てが揃わないと私はこのパーカーに出会えなかったでしょう。半分になっているデザインはプリントのときに分けたのかと思いましたが、ちゃんと縫い目が真ん中にありました。ちなみに背面は全部ピンクで、右側(オレンジパート)の袖の背面も半分ピンクになっています。なぜこんなややこしい服を作ったのでしょう。私が工場の人なら作業をしながら「デザイナー出てこい!」と怒鳴っていたと思います。在庫はまだまだあったので、欲しい方はテント型のショッピングセンター「ハン・シャティール」までどうぞ。

今回一緒に行った友人とは、よくショッピングセンターをめぐっては当初の目的も忘れて面白い服を探すのですが、毎度「街中にこんな服を着ている人はいないのに、この服たちはどこに行くんだろう」という話になります。不思議です。でももちろん、日常的に着られるような服だけを扱っているお店も1、2店舗は必ずあるのでご安心を。

Пока!

カフェ・モモ

Привет!

ついに新元号が発表されましたね。日本を出てから元号というものをあまり使わなくなっていたので、元号が変わっても興味は湧かないのかとぼんやり思っていましたが、やはり実際に変わるとなると楽しみになるものです。実際は年明けくらいからずっと楽しみにしていました。

今日は家に大家さんやテレビ屋さんが来たのですが、彼らに改元の話をしてもややこしくなるだけなので(モスクワ時代、ロシア語学校で先生やクラスメイトに和暦の概念があまりにも伝わらず後悔しました)、誰とも話せなかった分、今日はずっと元号のことを考えていました。仕事から帰ってきた旦那はあまり興味がないようでした。

このテンションでカザフスタンの話をするのも難しいので、今日はアスタナ唯一の和食レストランについて書こうと思います。 マンション群「ハイビル」の一角にあるこのレストランの名前は「カフェ・モモ」。アスタナで唯一日本の方が経営しているレストランです。表通りに面しているわけではないので少し見つけづらいのですが、おそらくアスタナに住んでいる日本人でここの存在を知らない人はいないと思います。

メニューはこんな感じです。アスタナの他のレストランに比べても低めの値段設定で、寿司などのいわゆる「日本食」ではなく、どちらかといえば日本の定食屋さんに近いメニューが嬉しいです。

旦那の一番のお気に入りはカレー。辛さも注文の時に聞いてくれるので、私のように辛いものが苦手でも安心です。ちなみに私が好きなのはチキン照り焼き丼と唐揚げ定食。 これで700円程なので、デザートまで注文しようかと毎回思うのですが、思ったよりもボリュームがあるので時間がある時でないとデザートまでたどり着けません。

店内はこんな感じ。入り口付近には本棚もあり、テレビでは衛星放送でその日のNHKが流れています。 この時は12時のオープン直後に入ったのでまだお客さんが少ないですが、カザフスタンのランチタイムのピークである14時前後になると満席のことが多いです。ハイビルは韓国資本で近くに韓国料理屋さんもあるのですが、このお店の方が店内が明るいので、韓国の人もたくさん来ています。

先日、カザフスタンに英語落語のグループの方が来てくれました。アスタナの大学で、英語で落語をするために来られていたのですが、特別にこのお店でアスタナ在住の日本人や日本語を勉強している人に向けて日本語で落語を披露してくださいました。 久しぶりに聞く落語はとても面白く、子供から大人まで、国籍に関係なく笑っていたのがとてもいい雰囲気になっていました。

やはり笑いはいいですね。

Пока!

世界一の水族館

Привет!

桜が今満開だそうですね。アスタn…ヌルスルタンに戻ってくるまでに間に合うかと思ったのですが、あと一歩のところで日本を発ってしまいました。ところでまだ全然慣れないので、しばらくはこの街のことをアスタナと表記してもいいでしょうか。日常生活で使っていくうちに慣れるかと思います。

さて、前回の記事の最後に書いたトラブルですが、まだ解決していないのですべてが丸く収まったら書く予定です。ということで、今日はアスタナにある水族館についてお届けします。 「ailand」というこの施設はサーカスの目の前にある「水族館+プール+アトラクション」というような場所でした。まず写真に写っているドアをくぐると目の前に室内プールが広がります。2月の寒い日だったので、温水プールにはかなりの人がいました。中にはスライダーもあり、カフェも水着で行ける場所にあり、とても楽しそうです。別料金だったので今回は行きませんでしたが、肉体改造をして挑みたいです。アトラクションというのは人工のジャングルが造られているスペースで、入り口には恐竜が埋められています。 ここも別料金なのでまた機会があれば行きます。ちなみにこのアトラクションの名前は「ジャングル」で、入り口の前ではずっとジュラシックパークのテーマが流れていたので大阪出身の私は何となくユニバーサルスタジオジャパンに行きたくなりました。

このジャングルの横に水族館の入り口があります。チケット売り場の前には映画「ベイウォッチ」のワンシーンの顔出しパネルがあります。ドゥエイン・ジョンソンのほうは顔がくりぬかれておらず、横で走っている女性のほうは顔出しができるので、ドゥエインのファンはぜひ。著作権がどうなっているのかは誰にも聞けませんでした。
この水族館は実はギネス記録を持っています。そうです、アスタナに「世界一の水族館」があるのです。「世界一内陸にある水族館」として。…若干不安が残りますね。 実際に入ってみると入り口付近には小さい魚やイソギンチャク、クラゲなどのコーナーがあり、しばらく進むとサメ類が多くなってきました(上の写真)。説明も英語とロシア語とカザフ語で書いてあったので思ったよりしっかりしていて驚いてしまいます。魚の種類と説明が合わなかったのは水族館ではよくある話です。しかしその説明もちゃんと読んでいると「この魚が食べるもの:80%は野菜」などと書いてあり、思わず「残りの20%は!?」と突っ込みました。関西人の血が騒ぎます。 ピラニアもいました。上から手を入れられるようなタイプの水槽で泳いでいたので危ないなあと思ったのですが、下に牛の頭の骨が転がっていたので一応警告をしているつもりなのでしょうか。危機管理があるのかないのか。しばらく進むと、途中から本物の魚の隣に作り物の鳥が置かれたりし始めました。何となく嫌な予感がします。そうこうしているうちについに天井からフグ(作り物かはく製か分かりません)がつるされていたり、壁から作り物のサメやアザラシが顔を出していたりします。水族館にあるまじき作り物の多さです。 めちゃくちゃダイナミックなアザラシ。ついでに天井からシロクマが顔をのぞかせている北極コーナーもあったのですが(なぜか横で作り物のペンギンが泳いでいました。君たちは南極じゃないのか)、そのリアルなシロクマを真下から見ると今晩眠れなさそうなくらい怖い画像が取れてしまったのでここに載せるのは控えます。気になる方はどうぞ現地へ。ついでにシロクマの奥には実物大の難破船の一部も作ってありました。ジオラマを作るのはかなり上手です。 水族館で一番ロマンチックなスポットともいえる水中トンネルもあります!なぜか床には動いていないベルトコンベアーがありましたが。もし水族館関係の人が読んでいらっしゃったら、このベルトコンベアーの使用方法をご教授ください。しかしこのトンネルで一番不可解なのはこのベルトコンベアーでも何となくく暗い照明でもありません。入り口にこんな像が立っていたのです。 動揺して少しぶれていてすみません。私にはもうこの水族館のテーマが分からなくなってきました。この一体だけをここに置く理由が見当もつかないのです。突っ込みポイントはもう一つあります。水族館と聞いて思い描くものは先ほどの水中トンネルの他に、壁一面に広がる大水槽もあるのではないでしょうか。安心してください、この水族館にももちろん大きな水槽はあります。 …すこし思っていたのより小さいのですが、これがこの水族館一の大水槽です。周りの余白というか、淵の部分の主張が激しいですね。この写真を撮影したのは二階席からだったのですが、不思議なのはなぜこの水槽の大きさに二階席を作ろうと思ったのか、ということです。大水槽に群がる人々を見学するためだとしか思えません。

つっこみながら、それでも想像以上に水族館を楽しめました。内陸にある水族館ですが侮れません。しかしこの日私が一番感動したのは、ショップにあまり水族館グッズが売られていないことと、アスタナ中どこを探しても見つからなかったバラ売りの絵葉書やおしゃれな皮でできたマグネットが売られていたことです。痒い所に手が届くようなお土産だったので、これを各観光名所で売ればいいのに、と思ってしまいました。

アスタナに来られた際はぜひ! Пока!

ヌルスルタン

Привет!

お久しぶりです。実は前回のブログ更新後すぐに旦那のタイ出張についていき、アスタナに戻ってきたのも束の間、すぐに1ヶ月ほど休暇で日本に帰っていました。 タイでは象に乗りました。

日本では事務手続きを終わらせたり友達に会ったり、久しぶりの日本(私はそれほどですが、旦那は実に2年半ぶりでした)を満喫して、さあいよいよ明日はカザフスタンに戻るぞ、という晩のこと。

ナザルバエフ大統領が辞任した」というニュースが飛び込んできました。

ナザルバエフ大統領といえば、ソ連が崩壊する以前からカザフ・ソビエト社会主義共和国の初代大統領でしたし、ソ連が崩壊するときにカザフスタン共和国として独立したことの立役者でもあります。独立した1991年12月から今までずっとこの国のトップに君臨してきました。博物館にも彼の銅像がありますし、アスタナの空港や大学の名前も彼の名前を冠しています。実は来年(2020年)4月までは任期があったので、今回の辞任はかなり衝撃的だったのです。通常三選禁止である大統領も、初代大統領であるナザルバエフ氏に限り無効という法律まで作られています(だからこそ通常10年しか大統領は続投できませんが、彼はソ連時代も含めると29年もこの国の指導者たりえました)。

国のトップが変わるということがここまで国民の生活に支障をきたすのか、と実感したのは早速その翌日でした。そろそろカザフスタンへ向けて日本を出る、というときになって「首都の名前を『ヌルスルタン』にする」というニュースが入ってきました。ヌルスルタンとは、ナザルバエフ元大統領のファーストネームです。彼の功績を称えて首都の名前を変えるというのです。今から帰る街の名前が出発した時と変わってしまうかもしれないという例えようのない不安を抱きながら、飛行機に乗り込みました。

経由地である韓国の空港に着くと、すぐにWi-Fiを繋げてニュースを確認します。「カザフスタン議会、首都改名案を全会一致で可決」…こういう時はめちゃくちゃ速いな。

アスタナの空港に着陸した際、機内のアナウンスでは「アスタナにようこそ」と言っていたのですが、違う路線では「ヌルスルタン」と言っていたそうです。空港で話した人は「昔からこの街に住んでいるけれど、これで改名は3度目なんだ。ツェリノグラード、アクモラ、アスタナ、そして今はヌルスルタン」と言っていました。

家には食料が何もなかったのですぐにいつも行っているバザールへ行きました。顔なじみの八百屋のおばちゃんに「帰ってきたよー」という報告をして「ところで帰ってきたら街の名前が変わってるんだけど」というと「新しい街へおかえり!」といつも通り満面の笑顔で応えてくれたので少し安心します。「アスタナって名前は音が綺麗だったね」という意見には私もおもわずうなずいてしまいました。

ナザルバエフ元大統領の代行であるトカエフ大統領は先日23日に改名の憲法改正案に署名しました。これで現在私が住む町の名前はヌルスルタンになりました。

帰ってきた日に慌ててバザールで「アスタナ」と書かれたお土産のマグネットを買ってきました。 これもいつかなくなっちゃうのかな。

自分が住んでいる街の名前が変わるのは初めてなので、これからどうなるのか静観したいと思います。そして帰ってきた次の日から我が家では別のトラブルが…。この話はまた次回。

日本をイメージした料理

Привет!

外国で現地の人が作った日本食を「本物とは違う」と批判されることがありますが、私個人としては美味しかったらあまり気にしません。その土地の人の舌に合わせてアレンジするのは当たり前ですし、日本でも世界各国の料理をアレンジして食べています。世界は少し身近になったのだから、みんなで美味しいものを食べるのが一番なのではないでしょうか。

…私も先日まではこう考えていました。いや、実際今も考えは変わっていませんが、これまでの「ユニークにアレンジされた日本食」とは一線を画す料理に出会ってしまいました。

場所はショッピングセンター「ケルエンシティ」。よく登場する「ケルエン」とは別の場所です。ここは周りにサーカスや水族館があり、観光の休憩スポットとしても良さそうです。サーカスも水族館もまだ行けていないのですが。

この日もケルエンシティで友達と旦那とお買い物をし、お腹がすいてきたので上階にあるレストランへ行くことに。フードコートの一つ上の階にはレストランが3つ入っており、そのうち二つがピザ屋さんです。街中にあるピザ屋さんの数からカザフ人は多分ピザが好きなのだろうと思っています。そしてこのショッピングセンター内のレストランでピザ屋さん以外に唯一残された選択肢が「フジ」という名前のレストランでした。入り口近くにあるお手洗いの男女を示す表示が侍と芸者である事から日本食を扱っていることがうかがえます。

とりあえず面白そうなので入ってみました。席に着くと出てきたメニューをめくって思わず笑ってしまいます。 こちらは写真で見て分かるように巻き寿司のコーナーなのですが、写真の左から料理名が「ハローキティ、鰻とともに」、そして右は「ハローキティ、鮭とともに」と書いてあります。…ハローキティ?「東京」などの都市名が付けられている巻き寿司はよく見るのですが、キャラクター名は初めて見ました。なぜ鰻と鮭でキャラクターを変えなかったのでしょう。少し疑問が残ります。 このお店はとにかく寿司の種類が多く、メニューに載っているのは麺類か寿司かというほどでした。麺類といっても焼うどんのようなものばかりです。

友達も旦那もこの日は全く冒険をせず、他のレストランでも見かける料理を頼むと言い張ったので、私は少し珍しそうなものを注文することにしました。まずメニューのスープのページで見つけた「日本海」というスープを。 なぜかここの日本海、トマトが浮いているのですが。そしてワカメで覆われていますね。このワカメをかき分けると下から鮭とエビが出てきました。 味は悪くありません。友達も私もこちらのスーパーやバザールでワカメを見たことがなかったので、このスープの中のワカメはどこで手に入れたのかが最も気になりました。

もう一品、私はメニューの寿司ページで好奇心を掻き立てられるものを見つけました。
その名も「寿司ピザ」…いや、いくらピザが好きだからって、寿司までピザにしなくても。そもそも寿司ピザってなに?という方が多いと思うので、とりあえずその姿を見てもらいましょう。 運ばれてきた瞬間、同席していた友人と旦那の頭の上にもクエスチョンマークが浮かんでいました。どうやら、海苔の上にご飯を乗せて、サーモンを乗せて、チーズを振りかけて焼いた上に照り焼きソースとネギをかけているようです。どうしてそんなメニューを思いついてしまったのでしょう。ここで一つ言えることはチーズと照り焼きソースは合わないということです。チーズの脂っこさを余計に引き出してしまっているので、口に入れた当初は「思ったより悪くない!」と思うのですが、半分も食べ進めると「もういいや」という気分になります。一切れずつ旦那と友達にあげると「鰻が入っているの?」「このソースだけをご飯にかけたい」「一口目からあんまり美味しくない」と散々な評価でした。

店内は落ち着いた雰囲気で、テラス席の方に座るとショッピングセンター全体を上から眺められるので楽しいです。絶対に日本では食べられない料理に挑戦してみたくなったらぜひ。

この階にはレストランの間にひっそりとボルダリングコーナーがありました。2回挑戦できて1000テンゲ(300円ちょっと)だそうです。お腹がいっぱいになったらここへどうぞ。

Пока!