馬耳風風 (ばじ カザフう)

2016年7月末〜 2018年8月 モスクワ/2018年10月〜 カザフスタンのアスタナ

おじさんとの遭遇

Привет!

前回のあらすじ
地下都市で迷子になった私たち。やっと出られると思った瞬間、謎のおじさんとぶつかりそうになり、そのまま来た道を引き返すよう指示を受ける。

私たちは仕方がないのでその場で回れ右をして戻りました。おじさんが後ろから追い立てて来ている訳ではないのですが、狭い道なのでどうしても圧迫感を感じてしまいます。すぐに少し大きめの部屋にでました。 するとおじさんが一言「ここはリビングだった」と言いました。もしかして解説をしてくれている??よく見ると、彼はここの関係者らしきIDを首から下げています。学芸員の人でしたか!でもなぜ出口付近で出会ったの?普通は中にいるか、外で待っているかじゃない?時間をオーバーしそうな観光客を早く出しこそすれ、まして奥へと追い込むようなことをするか?疑問に思っている間にも、彼はこの部屋から伸びるいくつかの通路の中から一つを選び、私たちに着いてくるように伝えてからどんどん歩き始めました。それがまた先ほど通った下り坂の、足を滑らしそうな道だったのですが、彼はその体格に似つかわしくない速さでどんどんと進んでいきます。私たちがおっかなびっくり足を前に進めていると、彼は途中で立ち止まって私たちを待ちながら、暗い脇道に向かって叫びました。「CLOSING TIME!」

ああ、この人は閉館前に取り残されている人がいないか、見回っているのか。25分ほど前に入っていった日本人と会ったから、また迷子になって出てこれなくならないように見てくれているのか。解説もしてくれるなんて親切だな。

その後も彼は時々立ち止まっては説明をしてくれます。3人でさまよっているときは目に入らなかったものや、使い方が分からず仮説を立てて終わっていたものが、みるみるうちに真実が明らかになるので面白かったです。おじさんは英語が堪能ではないのか、ジェスチャーをふんだんに使いながら簡単な英語で説明してくれました。そして時折挟まれる「閉館時間です!」のアナウンス。 しばらく歩くとこんなものがありました。おじさんは指さしながら言います。「敵が来ると」石を押すジェスチャー。「通路を塞ぎます」なるほど。私たちが写真を撮るのを少し待ってくれ、準備ができたとわかるとまた驚くようなスピードで先に歩いて行き「閉館時間です!」…そしてその場で歩みが遅い私たちを待ってくれます。特に普段は全く坂がない街に暮らしている私と旦那にはかなりこたえました。この地下都市での道を照らす唯一の光のようなおじさんに追いつこうと必死で息を切らしている私たちを見ながら、友達は「運動不足やな」と一笑に付します。

小走りでおじさんの後をついて行きながら「これを毎日?」と聞いてみました。「ええ、毎日この時間に回っています。閉館時間です!」この迷路で観光客が取り残されたらこの人の責任になってしまうのか。その重責を思って気が遠くなっていると、突然おじさんが立ち止まりました。「ここはワイナリーです」 一見、ここの壁は他の部屋と同じように穴が開いているだけだと思いましたが、おじさんは写真の左にある平べったい穴をさしながら言います。「ここにブドウを並べて、ワインを作ります」そして一生懸命足踏みするジェスチャー。ワインを作っているのか。「するとここの穴を通って(写真では真ん中にある一際オレンジ色に輝いているところ)下の穴にワインが溜まります」とのこと。よく考えられているなあ。

「この部屋はキッチンです。天井が黒くなっているところは、その下で火を使った証拠です」ほうほう。この石は?水を貯めるの? これは調理台だそうです。「ここに食材を置いて」と穴の一つを指さします。そして(文字通り)胡麻をするような、何かをすりつぶしているジェスチャー。ああ、食材は切るんじゃなくて、すりつぶすのか。

少し行った先には井戸がありました。ちょうど人が一人すっぽりはまりそうな穴でした。覗き込むように言われます。 後ろから押されたら落ちるな、と嫌な想像をしながら覗きこむと、あまりの深さに足がすくみました。「だいたい100mほどの深さです」それにしてもよくそこまで掘ったな。

結局取り残されていた観光客には遭遇せず、無事に地上に戻ってこられました。少しだけ緊張感が取れたおじさんに「だいたいどれくらいの深さまで人が暮らしてたんですか?」と聞いてみると「40から50mくらいですよ」という答えをもらいました。お礼を言って博物館を後にします。

外の世界の眩しさに目が慣れてくると、博物館前のお土産物屋さんの異変に気がつきました。 ほんの小一時間前までお店の人と商品とお客さんで賑わっていたのに、今はシャッターが閉められ人っ子一人おらず、静けさに包まれていたのです。さながら並行世界に来てしまったようでした。3人で「トンネルの向こうは不思議の街でした」と映画『千と千尋の神隠し』のキャッチコピーを言いながら、狐につままれたような気持ちで車に向かって歩きます。それにしても不思議な世界でした。

Пока!