馬耳風風 (ばじ カザフう)

2016年7月末〜 2018年8月 モスクワ/2018年10月〜 カザフスタンのアスタナ

Бункер-42③

Привет!

この核シェルター(バンカー)のことも今日で書き終わる予定です。また今日はこのツアーで最大の見せ場だと思われる演出についても書くので、今後行く予定でネタバレを避けたい人は飛ばした方がいいかもしれません。

私たちがツアーで回ったのは四つブロックがあるうちの四つ目で、最も機密が詰まっているところです。他のブロックは食料庫(改装中)や地下水の管理など、生活できるような設備が整っています。そんなブロックなので時々写真撮影禁止のところがあるのですが、そこを抜けると このバンカーを作った時の様子が再現されていました。およそこんな工事をしているよりはランウェイを歩くモデルの方が似合いそうな綺麗な顔をしたマネキンですが、彼が首から提げているものは工事中にガスが出てきた時つけるマスクや応急手当てができる器具が入っているそうです。お昼ご飯かと思いました。それにしても、こんな「秘密・機密」いっぱいの場所を誰が作ったのでしょう?それについても説明がありました。KGB(!)の完全管理のもと、工事の施工会社は2ヶ月に一回変えられ、工事中は「地下鉄の技術部」を作っているという説明だったそうです。これが地下鉄につながる形でバンカーが作られた理由でした。また、この立地関係は完成してからも役に立ち、バンカーで働く職員は地下鉄の関係者の制服を着て、駅からバンカーの方に入っていたので一般人にもばれなかったのだとか。ちなみにバンカーでは常時600人ほど2週間は休みなしの泊まり込みで働いていました。

またトンネルの方に戻ります。向こうに見えているのはレストランです(後で言及します)。トンネルの分かれ道で、ガイドのお兄さんは私たちに「こちらの道を奥まで進んでください」と言いました。言われた通りに薄明かりの中どんどん進んで行くと、突然トンネルの照明が落ちました。真っ暗です。2秒ほど間があって空襲警報が響くと同時にランプが赤く点滅し始めました。 ロシア語で「注意してください!ただいま、モスクワ中心部に敵国から核爆弾が落とされました。モスクワはほぼ壊滅しました。これから報復攻撃を行います」というアナウンスが入ります。そして電気が点き、向こうの方からガイドさんが「大丈夫ですかー?」と迎えに着ました。「これは実際に攻撃を受けた時のシュミレーションです」と言って先ほどのアナウンスを英語訳してくれますが、1回目は心臓が止まりそうなほど驚いていた私はそれどころではありませんでした(写真は何が起こるかわかっていた2回目に撮ったものです)。そしてこの時に初めて本当ではないとわかっていても、恐怖や絶望を感じました。

2回目に行った時はここから入り口まで戻ってツアーが終了したのですが、1回目はもう少し続きがありました。 当時職員が寝泊まりしていた小部屋が公開されており、バンカーでの生活を感じられるようになっていました。 例えばこれは職員一人一人に支給された、日用品が入ったカバン。パジャマから食器、靴磨きのワックスまで入っていたようです。

また面白かったのは、職員一人一人が一日に口にする食事の量の表です。肉150g、魚100g、白パン400gに黒パン500g、じゃがいもは500gなのにキャベツは170g、人参に至っては40g、玉ねぎなんか30g(むしろじゃがいも500gって大変ですよね)、などと素材ごとに細かく決められていました。それに比べて少し偉い人の食事も展示してあったのですが、 二段目真ん中の赤いものはイクラです。普通の職員が頑張ってじゃがいもを消費している間に偉い人はイクラを食べていたのか。

こうしてお腹がすいてきたところで、ツアーは終了です。実はこのブロック4につながる形でブロック1があるのですが、ここは今レストランになっています。もしツアーの後にレストランに行きたいならそのまま行くことができました。
別の職員さんに連れられてトンネルを進むと、突然雰囲気が変わりました。 ここはレストランだけの利用もできるそうです。モスクワで1番「深い」レストランを味わいたければおすすめです。ガイドさんの話では「スターリンやその後の指導者が味わった料理も楽しめます」と言われたのですが、私たちはついに見つけられなかったのでレモネードを頼みました。それにしても店内はギンギラです。テレビではずっとソ連映画を流しているし、ステージもあります。 はじめに必死で-18階分降りた階段の横にエレベーターがあり、レストランから帰る時はそちらに案内されるのでご心配なく。2回目にツアーに参加した後はレストランに行かなかったのですが、他の帰る人たちと一緒にエレベーターに乗る気満々でいるとガイドさんに聞かれました。「足は大丈夫ですか?18階分階段を登れますか?」他の人たちが答えます。「おー!」…ちょっと待ってくれ。いやさすがに冗談だよ、と笑ってエレベーターに乗せてくれると思っていると、ガイドさんは一人エレベーターで上がってしまいました。

ここから本当の地獄を見ることになるとは思いませんでした。自己主張ははっきりしなければなりません。写真は半分まで来た嬉しさとまだ半分もあるのかという絶望でとった写真です。

今回、この博物館に行くことも、内容を詳しくブログ記事にすることも少し迷いましたが、今の時代だからこそ忘れて風化させずに、このバンカーを作らざるを得なかった意味を考えなければならないと思いました。ガイドさんは2回ともツアーの最後に言いました。「もう2度と、こんな施設が作られることも使われることもないように祈っています」

Пока!

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