モスクワ奮闘記-イギリス出張中

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

Бункер-42②

Привет!

昨日(http://mickymm.hatenablog.com/entry/2017/09/24/185609少し写真が違っていたので直します)の続きです。 長いトンネルを歩き、何度か曲がると小部屋につきました。 通信班の部屋だそうです。写真のように、いたるところにマネキンが置いてあり、当時を再現していました。興味深かったのは、女性のマネキンもいたこと。ソ連時代、共産主義なので男女関係なく働いていたということを違和感なく見せていました。このことは戦争博物館に行っても女性用の軍服が展示してあるので実感します。

この博物館は基本的に薄暗かったので写真が上手に撮れていませんが、ご了承ください(言い訳終わり)。もう1つ、この部屋で説明があった中で面白かったのは、このバンカーの中の階段は全てメトロのエスカレーターを埋め込んであるということでした。 動きません。実際使われていた時は普通の鉄製のものもあったようですが、博物館として公開するために改装中に全てエスカレーターにしたそうです。ガイドのお兄さん曰く「こちらの方が快適でしょう?」

そんなエスカレーター型の階段を登って(故障しているエスカレーターを使ったことがある方はわかると思うのですが、エスカレーターが動かないと少し脳が混乱します)、たどり着いたのは司令官の部屋。 スターリンのマネキンが座っています。 ただ、1953年に亡くなっているスターリンは56年のバンカー完成を見ていないはずなので、これは「空想の再現」だそうです。後ろには世界中の有名なバンカーの場所が世界地図で示されていました。残っているのはこことサマラにあるものだけだそうです。

そこから次に向かうのは会議室。 キューバ危機(危機を起こしたのはソ連側ですが)の時に最もアメリカとの緊張が高まり、ここを使っていたそうです。説明では、当時アメリカが8時間で着く核兵器を持っていたのに対し、ソ連は12時間もかかるものしかなかった、その差を埋めたのがキューバだったそうです。こんなにも世界史を感じることになるとは。お兄さんは机上の飛行機(爆撃機)の特徴と、ソ連での名前、そしてアメリカでどう呼ばれていたかも1つずつ教えてくれました。

次の部屋には核兵器の実物大の模型がありました。アメリカではスーパージェットエンジンと呼ばれていたようです。 そして横には管制塔にあるようなパソコンとキーボードが。 お兄さんはここで二人のボランティアを募りました。立候補した二人を写真のようにパソコンの前に座らせ「それでは今から核爆弾を撃つシュミレーションをします」というではありませんか。ここからは撮影禁止でした。シュミレーションをしない後の人たちは、壁に映される映像を見ておくように言われます。初めに説明が入りました。「ここは地球上のどこでもない国の、空想上の街です。決して特定の場所ではありません。ここからソ連は攻撃を受けました」…めっちゃ見たことある街並みなんですが。スパイダーマンがそこらへんのビルにいそうです。そして緊張感のある映像が続いた後、お兄さんが二人に指示を出しました「鍵を回して!次はこの数字を入力して!カウントが0になったらそのボタンを押して!…10、9…3、2、1、0!」映像内でもミサイルが撃たれ、どこかの街に落ちてこれまでの生活が一変するところまで見せられました。「ミッションコンプリート」の声を聞きながら、私は絶句するしかできません。お兄さんは「フォトショップで作った映像です、本物ではありません」と言っていましたが、実際見せられた衝撃は思っていたより酷かったです。50年前から世界があまり変わっていないこともショックでした。

それでもまだツアーは続きます。次の部屋も暗号解読の大きな機械などが置いてあり、撮影禁止でした。この機械、どこかで見たことがあるとおもったら、映画「イミテーション・ゲーム」に出てきたものとそっくりです。映画は第二次世界大戦中のイギリスがドイツの暗号を解くためにパソコンを開発するものでしたが、どこの国でも同じようなことをやっていたのですね。この部屋には他にもプロパガンダポスターや、メトロの駅とバンカーの四つのブロックの位置関係などが模型で作られているもの、時代ごとの軍服などが置いてありました。

次で終わります。
Пока!

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