モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

言葉が「できる」基準

Привет!

一日中しとしとと雨模様だからか、ものすごく眠いです。休み時間も眠たい顔をしていたからか、Jさんが持って来たボール型のストレスリムーバー(イライラしたら握ってストレスを解消するものです)をみんなで投げ合いながら類義語や対義語をいうゲームを始めてくれました。おかげでラスト2時間は目が覚めました。

この間友達と、友達のお子さんとレストランへ行きました。偶然横に座った親子三代で来ていた家族のお父さんが、折り紙の本を睨みながら持参した折り紙で色々と作っています。前菜が運ばれて来ても食べながら折っているので、その熱意に感心して見ていると、突然こちらのテーブルにいた友達のお子さんに出来上がった作品を渡してくれました。 鶴です。しかも尻尾を引っ張ったら羽が動くタイプの。結局お子さんより私の方が興味を示したために、持って帰らせてもらいました。ありがとう、と言いながら、好奇心から「その(折り紙の)本は英語で?それともロシア語で?」と聞くと「英語だよ」とのお返事。そして続いて「ロシア語上手だね!もう長いことロシアに住んでるの?」と聞かれました。来て間も無い頃はこう言ってもらえると喜んでいましたが、落ち着いて考えてみると私が言ったのはほとんど単語です。動詞すら入っていません。さすがにこれで「ロシア語が上手」というのは何が何でもハードルが低すぎやしませんか、と思ってしまいました。嬉しいけど。

最近こういうことがよくあります。先日始めて一人でタクシーに乗る機会があったのですが、しばらく走ったところで「あなたは中国人?ベトナム人?」と聞かれました。慣れた質問なので「日本人ですよ」というと、折り紙を折っていたお父さんと全く同じセリフを言われてしまいました。「ロシア語上手ですね、こちらに来て長いんですか」と。いや「日本人です」くらいならこちらに来た日でも言えましたよ…と思いつつ、そこから色々と会話をしました。こっちで何をしているか、どこでロシア語を勉強しているか、日本の首相がどんな人か、その運転手さんの出身地、タクシー運転手という仕事のいいところと嫌なところ、などなど。ここら辺まで話して「褒めるなら今じゃないか」と突っ込もうか悩みましたが、家に着いたのでお礼を言って降りました。

別の機会にもタクシー運転手さんに友達の家に寄ってから私の家へ行ってくれるように伝えたら、褒められただけでなく運転手さんがガムを食べるときに「あなたも要りますか?」とくれたりもしました。みなさんの外国人に対する「ロシア語ができる」基準が低くて少しびっくりしてしまいます。

例えば日本でどう見ても外国人という出で立ちの人が「私は◯◯人です」と言っただけで「日本語話せるなんてすごいですね」となるでしょうか。…なんとなくなる気がします。ただ、今学校でクラスメイトたちは私が英語を話せないかもしれない、という考えが全くないかのように当たり前に英語を使って来ます。私が何か間違えて「英語が本当に下手でごめん」と謝ると一応否定してくれますが(それでもやっぱりヨーロッパの人に比べるとたどたどしいし発音が悪いので悲しくなります)、英語が話せているという基準はかなり高いと感じています。

やはりロシア人も日本人も自分の母国語が難しいという、ある意味でプライドを持っているのだろうな、とこの頃徒然に考えています。ロシア語も日本語も英語もコミュニケーション手段でしかないのにここまで差が出るのが面白いです。でもロシア語を褒められて調子に乗っていると大抵次の日の学校で先生に「8ヶ月もやっているのにこんなことも覚えてないの!」と怒られるので、バランスが取れているなあと思いながら今日も宿題を頑張ります。

Пока!

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