モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

グラーグ歴史博物館

Привет!

ついに携帯の天気予報に0度の数字が出ました。今週末の日曜日です。こちらはあまり昼夜で気温の差がなく、最高4度で最低1度という気温が来週はずっと続くみたいです。日曜日は雪が降るかな!

私の行っている学校では、受付のところにいくつか遠足の案内が置いてあって、行きたいものがあれば名前を書いておき、人数が揃えば開催されるというシステムになっています。休み時間、そこでアメリカ人のAさんが名前を書いているところに遭遇。一度遠足に参加しみたかったので、Aさんに「みっきーも行くよね?」と言われるままに名前を書きながら「どんな遠足?」と受付のお姉さんに尋ねると「ソ連時代の歴史についての博物館に行くのよ」とのこと。ソ連か。せっかくロシアにいるんだからこちらで体験できるものはしておこうと、遠足の日を楽しみにしていました。Aさんの宣伝もあってか、人数も集まり(うちのクラスからの参加者が一番多かったです)10人で行って来ました。

私のクラスの先生が引率してくれました。みんなで揃って学校からルビャンカ駅まで行きます。駅から出るときに先生が電話をしていました。駅から出た私たちがどちらへ向かうのかと先生の様子を伺うと、電話を切った先生は「悪いお知らせがあります。博物館は閉まっているそうです。閉まっているというか移動しているみたいなので今から違う駅に行きます」と高らかに宣言。これぞロシアと口々に言い合いつつ、移動中に先生とはぐれて違う駅で降りてしまうなどというハプニングを乗り越え何とかやって来ました。 ご存知の方もいるとは思いますが、「グラーグ」とはソ連時代の強制収容所のことです。この前の歴史博物館の反省を活かしきれていなかった私は全く調べずに行ってしまい、中に入って驚きました。事前に覚悟がなかったのでダメージは大きかったのですが、調べていると避けてしまっていたと思うので良い機会だったのかもしれません。

グラーグは1920年代にできたもので、政治犯から殺人犯まで、あらゆる疑いをかけられた人が同じ部屋に入れられたりしていたところです。ロシア人だけでなく外国人も同じところに入れられました。ロシア国内に500箇所はあり、モスクワ市内も例外ではありません。

博物館では、おじいさんがグラーグに入れられていたというスタッフの女性が英語で案内してくれました。彼女のわかさに、そんなに昔の話ではないと思い知らされます。ただ、英語が所々わからず、必死で聞いていました。 まず一つ目の部屋では人々が収容されていた部屋の大きさが床に白線で書いてあったり、当時のドアが展示してあったり、当時使われていたものが並べてあります。 そこから階段を登ってプロパガンダやグラーグの幹部の人たちについての展示。処刑リストの最後のスターリンのサインも見ることができました。 プロパガンダに使われたポスターです。社会主義にとっての敵を見つけるために使われたものなので、富裕層と思われる人の絵が書いてあります。 他にも実際にグラーグにいた人の証言映像(英語の字幕付き)、密かに書かれた手紙や作られた刺繍などの展示もありました。 案内してくれた女性が最後に言ったこと。「今ロシアは進歩している途中です。まだ公開されていない当時の資料や、公開禁止になった資料もありますが、この事実に関しては賛否両論ありつつも、ロシア人それぞれが向き合おうとしています。この博物館は国立で、国から経済的な支援を受けていることもそれを証明しています。ロシアは乗り越えていけると信じています」

こんなに大きな国が一度崩壊したことを、しかも今道ですれ違った人やメトロで横に座っている人がそれを経験しているかもしれないということを、実感しました。ソ連だった時代を知らないので今と比べることはできませんが、人間というものの恐ろしさと、同時に強さを感じることができました。そしてやはり私は知識も経験もまだまだ足りません。この国にいる間はもちろん、日本に帰った時により深く物事を考えられるように勉強したいと思います。

ちなみに、引率してきてくれた先生は気がついたら勝手に帰っていました!友達と道に迷いながらも無事帰れてよかったです。

Пока!

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