モスクワ奮闘記

2016年7月末にモスクワに引っ越してきました。

クレムリンの城壁博物館

Привет!

「春眠暁を覚えず」とはよく言ったもので最近眠いです。もう初夏じゃないか?というツッコミは受け付けていません。モスクワは今春真っ盛りなのです。それを証明しようと今iPhoneの天気予報を見て驚きました。まさか、来週の月曜日と火曜日についているマークは雪ですか…まだ降るんですか…!?

昨日の続きです@二ジニー・ノブゴロド。展望台のようになっている丘の上から川の方へ下って行くと、城壁に囲まれているのがよくわかります。そして、その赤煉瓦の壁に唐突に穴があり、見ているとそこに人が吸い込まれて行きます。 横に書かれているのはクレムリン全体の地図です。少し怖かったのですが、お兄さん達も入って出てこないから大丈夫だろうと入ってみました。少しひんやりとしています。

お土産ものを売っている屋台が1つだけありました。中にいるおばさんに「どこへ行くの!?」と声をかけられます。曰く「この辺りの城壁をちょっと歩いて博物館見るなら一人150p、城壁をぐるっと回りたいなら250p」とのこと。夕方近かったので一周はきついだろう…と一人150pで入らせてもらいました。その売店の脇の階段で城壁の上へ登るのですが… めっちゃ急!半分くらいよじ登っていました。少し調子に乗ってスカートで来たのを激しく後悔したので、これから行く場合はズボンをお勧めします。

ようやく上にたどり着くと、ずっとこんな景色! 中世ヨーロッパに迷い込んだような不思議な感覚に陥りました。テンションが上がった二人でいろんな写真を撮り、なかなか前に進みません。すれ違う人たちはかなりかっちりとしたハイキングの装いでした。

丘を下りて怪しげな入り口から入ったはずが、あの急な階段で丘の中腹くらいに来ていたらしく、また下りの階段があります。 階段が急すぎて隙間から見える城壁。

ファイナルファンタジーの世界だとドラゴンがここから襲って来そうだとか、ここで鬼ごっこをしたら怪我をしそうだとか、しょうもないことを話していたら突然の行き止まりに。横を見るとまた何かの入り口があり、おばさんがにこやかにこちらを見ていました。ここが博物館よ!チケットはある?良かった、じゃあこっちからこう回ってみていってね、と一気に説明され、あまり広くない博物館の中を見て回りました。 かつてここで発掘作業があったらしく、博物館の展示はこの発掘して出土したものでした。

いつものように発掘体験コーナーがあったので(よくあります)、ついていた刷毛で砂を除けていくと、出て来たのは刷毛でした。哲学を感じます。そしてまた階段を下って(騙し絵の中にいる気分になって来ました)下のフロアに行くと、そこには発掘現場そのまま残した展示が。 なかなか迫力がありました。

この博物館を出ると、クレムリンの一番下にいました。すぐ目の前にはヴォルガ川が広がります。

Пока!

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クレムリン内部@二ジニー・ノブゴロド

Привет!

昨日書いたLINE規制の件でいろいろ調べていると「1日3000アクセス以上があるブログの管理人は個人情報をロシア政府に提出しなければならない」という法律があることを知りました。今のところ全く関係のない話ですが、それだけの人に見てもらえたら嬉しいなあ。ちなみに在露邦人の皆様へ、LINE以外の連絡方法がまとめられている記事があったので載せておきますね。こちらです。ありがたいです。

さて、昨日書けなかった二ジニー・ノブゴロドの続きを。今回はこの街唯一の観光地と言っても過言ではないクレムリンです。 何度か書いたように、クレムリンとは「城壁に囲まれた場所」という意味で、例に漏れずこちらも赤煉瓦の城壁で囲まれた大きなクレムリンがあります。そして写真のように、その壁のところどころに塔が建てられていました。大抵この塔の下にクレムリン内への入り口があります。この城壁内部に入るのは無料で、壁を抜けるとすぐに戦車がありました。 子供がたくさん登って遊んでいます。ちなみに奥に見えている塔がこのクレムリンで一番メインの入り口がある「ドミトリフ塔」です。ここには戦車以外にも戦闘機やタンクなどもありました。こういうのに触れて育つ子供時代はすごいなあ。そして、それぞれの後ろには、当時の兵隊さんのポートレートを並べて作ったモザイク画が。 これには感嘆の声が出ました。暖かくて(暑くて)いい天気だったのでたくさんの家族が散歩しています。私たちもゆったりとクレムリン内部を散歩しました。

中にはモスクワのクレムリンと同じようにこの州の役所(市役所みたいなものでしょうか)や、劇場、そして博物館もあります。実は先ほどのメインの塔の内部が博物館だったそうなのですが、私たちは違う入り口から入ってしまいました。これについては後ほど。

クレムリンと聖堂はどこへ行っても近しい関係にあるようで、ここにも ミハイル・アルハンゲル聖堂がありました。なぜか1日目には中には入れず、2日目に入れましたが、小ぶりながらもこの土地の人に愛されている聖堂なんだろうな、という印象を受けました。この聖堂の前にはこの街に初めに木造の城塞を建てたとされる、ユーリー2世と彼を支えた修道士の像があります。

そして足を進めると、突然目の前に絶景が広がりました。 ヴォルガ川と地平線です。このクレムリンはヴォルガ川を臨む丘の上に建っており、上からヴォルガ川を眺めることができるのです。すぐ下を見るとかなり急な斜面になっており、少し険し目の遊歩道が伸びていました。現地の人も観光客もここに座って思い思いの時間を過ごしています。

私たちもここで足を休めて川と地平線を眺めたあと、遊歩道を下りました。そこで待っていたのは…!明日に続きます。

Пока!

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LINE規制

Привет!

朝起きると窓から見える木が一斉に芽吹いて緑一色になっていました。春を過ぎて夏の景色です。

今日は学校へ行くと、先生に「10:30になったら授業を中断して外に出るわよ!10:45ごろに5/9のパレードの予行演習で戦闘機がこの上を飛ぶらしいから見に行きましょう」と言われました。30分だけ授業をして、みんなで(うちのクラス以外の人も)ぞろぞろと屋外へ出ます。よく見えるところを探してさまよい、気がつけばクラスメイト以外の人とははぐれてしまっていました。それでも空がよく見える開けたところで見上げます。 昔軍隊にいたとかで、横で見上げていたWさんは飛行機やヘリコプターが来るたびに数字をつぶやいていました。音も大きく、迫力がありました。

さて、今日も二ジニー・ノブゴロドの続きを書くつもりでしたが、朝からロシアに住んでいる日本人の間がざわついていたのでそのことを書こうと思います。ずばり、ロシアでLINEが規制にかかりました。

もともと、4月の末にLINEが禁止されるかも、という話は出ていました。でもそれから1週間ほどで実現するとは思いもしていませんでした。英語ですが、こちらRussia bans several messaging apps for ‘not complying with law’ — RT Newsの記事に詳しく載っています。大まかにいうと、去年法律が変わってロシア国内で使えるSNSの会社は政府に顧客の利用状況を提出しなければいけなくなったのですが、ここに載っているブラックベリーのメッセージ機能とLINE、Vchatはそれを拒んだので今回の規制に引っかかったそうです。

ロシア人はあまりラインを使わず、独自のメッセージアプリか、SNS(VKとよばれるもの)のどちらかがメインのようで、今回の規制で主に日本との連絡手段として使っていた日本人が一番悲鳴をあげています。しかも今朝になって一斉に規制が入ったのではなく、段階的に使えなくなる人が出てきた、という状況なのが不思議です。幸いにも私と旦那はまだ使えていますが、いつ使えなくなるか不安です。

聞いた話ではWI-FIに繋いだら繋がった人とWI-FIを切らないと送れない人の両方のパターンがあるそうです。不思議。

明日の朝起きたらどうなっているかなあ。そして今時間つぶしでかなりお世話になっているゲームもLINEを通じてログインしているので、そこもかなり気になります。

少し不便ですががんばります!! Пока!

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メインストリート@二ジニー・ノブゴロド

Привет! 毎日書いているこの言葉ですが、実は友達など親しい人との挨拶の言葉です。スーパーへ行ったら、レジのおばさんにいつも挨拶をするようにしているのですが、昨日ついに向こうから笑顔でпривет!と言われました。顔見知りになってる!!

さて、駅を降りて振り返ると 長距離列車がつく駅にしては小ぶりです。中にも小さな売店が1つしかありませんでした。まあでも出口なんてこんなものかしら。駅前も寂れている感じがして少し不安になります。出たら目の前がバス停で、バスはもちろん、マルトーシュカ(乗合バスみたいなものです)がたくさん停まっていました。このマルトーシュカが、こちらにいる間の主な公共交通機関になりました。安いし(一回15〜20p)、少し離れたところであれば大抵行ってくれるのです。

そしてとりあえずホテルに向かいました。二ジニー・ノブゴロドはオカ川という小さな川と「ロシアの母なる川」ヴォルガ川(ヨーロッパ州で最長だそうです)の合流地点に位置しています。オカ川が街を分断しており、東岸が昨日書いたような工業地帯、西岸は丘になっていて、上にクレムリンがあります。そしてかなり広いヴォルガ川は、丘に上ると必ずと行っていいほど見えました。東岸にある駅から、西岸のホテルへと向かうために川を渡り、途中こんな道を通ります。 かなりワクワクしてきました!

無事ホテルに着き、Jちゃんから聞いたオススメの場所でお昼を食べることに。Большая Прокровскаяとだけ聞いていたのですが、調べてみるとこの街の一番大きな通りの名前でした。モスクワでいうアルバート通りのようです(アルバートのように怪力の着ぐるみはいないので安心してください)。いい天気だったことも手伝って、散歩しているだけで気持ちが良かったです。前に訪れたカザンよりも人は多いように感じました。カザンへ行ったのは真冬だったこともかなり関係していると思います。

天気も良く気温も高いのでテラス席が解放されていました。目についたテラス席が賑わっているハンバーガー屋さんへ入ります。私もその頃にはノースリーブになっていました。周りも半袖ばかりです。

ドリンク付きのセットを注文すると、飲み物は何がいいか聞かれます。自家製レモネードで、というと「どの種類がいい?цбвщузЛул&2828-(多分名前を並べていました)。…わからない?じゃあ、白いのと、緑と、黒いのとどのレモネードがいい?」レモネードってなんやっけ。

黒いレモネードはペプシのような味でした。

この通りは10m歩くと色々な楽器で演奏している人がいて、とても楽しかったです。歌もとてもうまいのです。また、どこまで続くのだろうと思うほど長く、いい散歩コースだと思います。

Пока!

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二ジニー・ノブゴロドへ

Привет!

日曜、月曜と日中23度以上を記録し、暑かったのでノースリーブで歩いていました。この前雪降ったよね??そして今週末は最高気温9度の日とかもあるね?ロシア人の体と衣替えはどうなっているんでしょう。

そんな暑い中、4/30に結婚一周年を迎えた私たちは小旅行に行ってきました。行き先は二ジニー・ノブゴロド。モスクワの東440kmに位置するこの街の名前は"новый"(ノーブィ:新しい)と"город"(ゴーラド:街)が繋がって「ノブゴロド」、ロシア国内にノブゴロドという地名はたくさんあるので区別するために"нижний"(二ジニー:下の)をつけてできています。工業が盛んな土地で、中でも自動車工業は有名だそうです。軍事需要もあったために、ソ連時代には外国人の立ち入りが禁止された「閉鎖都市」となっていました。なんと1990年までです。

なぜそんな工業都市に興味を持ったかというと、先週まで学校に来ていたアメリカ人Jちゃんが2年前にこの街で2ヶ月ほどホームステイをしていたという話をずっと聞いていたからです。さらには2週間前にモスクワとサンクトペテルブルクにしか行ったことのなかった先生まで遊びに行ったというではありませんか。どんな街なのかこの目で確かめて見たくなり、つい1週間ほど前にホテルと列車を予約しました。

当日、天気は快晴。気持ちよく家を出ましたが、私が少し列車の時間を勘違いしており(旦那は知っていたらしいのですが、焦りや動揺などを出さない人なので気付きませんでした)、出発1分前に駅に着くことが発覚しました。モスクワに来て以来最速でメトロの乗り換えをしました。どこでどう都合がついたのか、おかげで10分前には到着しました。 二ジニー・ノブゴロド行きの列車が出るのはメトロКурская(クルスカヤ)駅に直結している、同名の長距離列車駅です。プラットフォームは1番だと書いてあったのに、突然駅員さんに声をかけられて「君たちの電車はあっちだよ!」と示されたのは11番。疑心暗鬼になりながら時間もなかったのでそちらへ行ってみると、ちゃんと正しいプラットフォームでした。なんでわかったんだろう。 リアル世界の車窓から。

電車内は6人がけのボックス席になっており、机などはありませんでした。連休ということもあり(ロシアでは月曜日が祝日でした)、満員です。途中いくつかの駅に止まりながら、4時間の列車の旅が始まりました。

かなり気になったのは、席の番号の振り方です。3人がけの席が向かい合っているのですが、写真のように 途中の数字が抜けているのです。これは23に限ったことではなく、手前は19番がなかったりしました。おそらく数学者であれば法則がすぐ分かったのかもしれませんが、根っからの文系二人は考えようとすらしませんでした。縁起の悪い数字なのかなあ。

旦那は3人がけの椅子の通路側に座っていたのですが、旦那の前に屈強なお兄さんが、お兄さんの横にはおばあさんとお孫さんが座っていました。おばあさんが途中の駅で降りるときに、お兄さんに大きな荷物を運んでくれるよう頼んでいます。お兄さんは「もちろんですよ」とにこやかに言って、荷物を昇降口まで運びました。戻ってくると今度は旦那の通路を挟んで横に座っていたお姉さんに「手伝いましょうか」と声をかけました。どうやらお姉さんがお菓子の袋を開けられず困っていたようです。ここまでは「手助けが好きな、いい人なんだなあ」と思って見ていたのですが、お菓子の袋を開けてあげて返すときに「ところで僕の名前は○○。よろしくね。そうだ、僕の横の席(おばあさんが居たところ)が空いているんだけど来ない?」と誘っているではありませんか。あまりにも自然なナンパに旦那と空いた口がふさがりませんでした。それから1時間、二人は仕事や勉強の話、好きな本や映画や音楽の話、飲酒や喫煙の影響などについて、途中の駅でお姉さんが降りるまでずっと話していました。あの二人のこれからを想像せざるを得ません。そんな私たちを乗せた列車が二ジニー・ノブゴロドに着きました。 降りるときに見えた、斜め後ろの席のユニークな模様がついた窓(おそらくヒビが入っているのでしょう)。

二ジニー・ノブゴロドの第一印象は「え、駅小さすぎへん?」でした。若干の不安を抱えつつ、街の中心部へ向かいます。

Пока!

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カフェ・プーシキン(お菓子部門)

Привет!

今現在16度で、かなり暑いです。これから30度とかの季節が来るのか…。昨日で一番仲良くしていたJちゃんがアメリカに帰ってしまったので、来週から寂しくなるなあと思っています。また彼女との話もここに書く予定です。

この間、お友達に誘われてまたカフェ・プーシキンに行って来ました。前回3品でお腹がはちきれそうになったので、今回は学習して2品(620p)でお願いしました。メニューは前回友人が頼んでいて美味しそうだったものを。今回一緒だったお友達が私と同じビーフストロガノフを頼もうとすると「こっちのお料理もロシアの伝統料理ですよ。お二人で別々のものをシェアするのはいかがですか」と形だけの質問(有無を言わせない感じ)をされたので別々のものにしました。来て見たら私が前回頼んだ鶏肉ハンバーグの周りにクルトンのようなものがついているあの料理でした。

お食事が終わって、レストラン部門の隣にあるパティスリー部門の方へ行ってみることにしました。入り口は別になっています。 奥に見えるドアが入り口です。

レストラン部門は茶色を基調とした落ち着いた(言い換えれば少し薄暗い)ところですが、こちらは美しい水色を基調とした明るいお店です。

長方形のお店の真ん中にショーケースがどーんと置いてあり、お店の両端に机と椅子が並んでいるのでイートインもできます。 このショーケースを見ているだけで楽しく、幸せな気持ちになりますが、よくお値段を見ると1つ400から700p(800円から1400円ほど)はしています。一番高いものは900p(1800円ほど)だったので、お財布とよく相談しながら選びました。

お菓子の形もかなり凝っていて、金色のドームがあるなあと思っていたらティラミスと書いてあったり、ワシリー寺院のような玉ねぎ型の屋根を模したお菓子があったり、ロシアっぽくてよかったです。中でも一番素敵だったのはこちらです。 私の写真技術のせいで少し見にくくなっていますが、本の形をしています。表紙の部分には細かい模様も描いてあり、食べるのが勿体無く感じるこちらのお菓子の名前は〈プーシキンのおとぎ話〉。カフェ・プーシキンで買うのにふさわしいお菓子です。少しお値段が張ったのと、おとぎ話の味は帰国する直前まで想像していたいと思ったので今回は違うものを選びました。

持ち帰り用の箱も綺麗です。 紙袋も同じデザインだったので、何かと使えそうです! 自宅用に結局「今月のケーキ」なる、チョコレートコーティングされたわけのわからないものと(聞いたら中はライムクリームだそうです)、ベリーの羊羹のようなものを買いました。2つで700pくらい。どちらも想像していたより大味でしたが、とてもおいしかったです!

(持ち歩くのが下手でかなり崩れたケーキたち)

Пока!

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月と太陽と風

Привет!

最近は学校にも慣れてきたからか、朝宿題に取り組む&遅刻するような時間に家を出る、というダメな生徒になってしまっています。改めなければ。

今日も朝少しだけ早起きして宿題になっていたロシアの昔話を読んでいたのですが、あまりにも面白かったのでご紹介しようと思います。

「月と太陽と風」 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。二人の間には賢く、美しい3人の娘がいます。ある時、おじいさんが森から馬に乗って家に帰ろうとしたところ、夜が来て森は真っ暗になってしまいました。暗がりを怖がった馬は前にも後ろにも進みません。困ったおじいさんが「ああ、いま月の明かりが照らしてくれたら、私の一番上の娘を月と結婚させるのに」とつぶやきました。それを聞いた月がすぐに森を照らしたので、馬は安心し、おじいさんは無事家に帰りました。おじいさんが家に着くと、一番上の娘は綺麗に着飾り、家の外に立ちます。すぐに月がきて、彼女を連れ去ってしまいました。 (娘が健気で泣けます)

冬になりました。おじいさんは市場へ行こうとしましたが、来ていた服が良くなかったので凍えそうになります。またつぶやきました。「今太陽が出て来て温めてくれたら、私の二番目の娘を太陽と結婚させるのに」と。それを聞いた太陽はやはりすぐに姿を現したので、おじいさんは無事に家にたどり着くことができました。二番目の娘は何も言わず、綺麗に着飾って家の外に立ち、太陽は彼女を連れ去って行きました。(これに関してはおじいさんの自業自得な気がしますが突っ込んだら負けでしょうか。そして次の展開がなんとなく分かってきました)

夏になりました。おじいさんは海へ魚釣りに出かけます。たくさん釣れたのでもう帰ろうかとしたところ、船を動かしてくれる風が全く吹きません。海の真ん中で周りに魚はたくさんあるのに食べられず、水もたくさんあるのに飲めない、絶体絶命です。味を占めているおじいさんはつぶやきました。「今風がボートを動かしてくれたら、三番目の娘を嫁にやるのに」。おじいさんの狙いは当たり、風が吹いておじいさんはうちへ帰れました。三番目の娘もお姉さん達と同じように風に連れ去られてしまいました。

そうして一年が過ぎました。おじいさんはおばあさんに言います。「ちょっと一番上の娘が元気に暮らしているかみてくる」。そして月のところまで、野を超え山を越え、険しい道を行きました。なんとかしてたどり着くと、娘はおじいさんをみて大喜びです。 (なんていい娘なんだ)

疲れ切ったおじいさんをみた娘は言います。「お風呂(バーニャ)に入ってくださいな」「いや、もう夜も遅い。バーニャの中は真っ暗じゃないか」「そこはお任せください」娘はそういうと、夫である月を呼びに行きました。月は窓から自分の指を差し込むと、バーニャの中はとても明るくなりました。娘が元気にやっていると知ったおじいさんは、家へ帰ります。そしておばあさんに言いました。「今からお風呂に入りなさい」おばあさんは「いや、もう夜も遅いですし、バーニャの中は暗いから嫌だわ」と答えてもおじいさんは聞きません。仕方なくおばあさんはバーニャへ入りました。おじいさんは窓から自分の指を差し込みました。(!?何してるの!?)そしておばあさんに聞きます。「ほら、明るくなっただろう?」「いいえ、全く!」 (そりゃそうだろう…)

また一年が経ち、おじいさんは二番目の娘に会いに行きます。またもや野を超え山を越え、太陽のところへたどり着いた時には、すっかり夜になっていてお腹も空いていました。おじいさんをみて大喜びした娘は言います。「今からブリヌイを焼くので少し待っていてくださいね」「今からブリヌイだって!?誰もこんな時間から焼かないよ」「ご心配なく」そう言って娘は夫である太陽を部屋の真ん中に座らせ、頭の上からブリヌイの生地をかけました。(え!?太陽の使い方…)

太陽の熱で美味しく、綺麗に焼けたブリヌイをたらふく食べたおじいさんは帰ることにしました。家についたおじいさんはおばあさんに「ブリヌイを食べたくないかい?」と聞きました。「こんな時間からですか?」とおばあさん。「大丈夫。ブリヌイの生地を作って、私の頭に注ぎなさい」「病気にでもなってしまったんですか!?」(おばあさんがやっと突っ込んでくれて安心しました)「まあいいから」とおばあさんに注がせますが、当然ながらブリヌイはできません。結局おじいさんは三日間お風呂で体を洗うことになりました。(三日間というのもなかなか大袈裟だと思うけど)

また一年が経ちました。今度は三番目の娘です。野を超え山を越え、途中の川は広かったので遠回りをしながらもなんとか風のところに着きました。娘は大喜び。彼らの家に少し滞在した後、娘が元気にやっていると分かったので帰ることにしました。娘夫婦も途中までお見送りに来てくれます。帰りも広い川にぶつかってしまいました。遠回りをしようとするおじいさんに風が言います。「妻よ、その首に巻いているスカーフを川に敷いてくれ。さあ、おじいさんはここに乗ってください。僕が吹いてあげましょう」そうやって無事に帰ったおじいさんはおばあさんを海へ誘います。海について「さあ水遊びをしよう」というおじいさんにおばあさんは「どうやって?船もボートもないですよ」と言いました。「君のそのスカーフを水の上に敷いてくれよ」「気でも狂ったんですか!?このスカーフは高かったんですよ!まだ新しいし!」(おばあさん、そこじゃないです)

「何も起きないから!」とおじいさん。しぶしぶ敷いたスカーフの上に乗るようにおばあさんに言い、一生懸命スカーフをフーフー吹きましたが、おばあさんは溺れてしまいました。周りの人がおばあさんを助けてくれました。それ以降、おじいさんは誰かのうちへ行くことをやめ、ずっと家のストーブの前にいたそうです。ちゃんちゃん。

いやいやいやいや。ツッコミどころしかありません。授業中に先生と内容確認をしましたが、最後に「みんなもそうでしょう?他の人の家へ行ったり、インスタグラムやフェイスブックなんかで自分よりもいい暮らしをしている人を見たりしたら、もう家から出たくなくなるでしょう?」と先生に言われました。これってそんな話だったのでしょうか。とりあえずどうしておじいさんが風や月、太陽と同じことができると思ったのかから追求したかったのですが、ロシア人のメンタリティとあまりにも私や他のクラスメイトがかけ離れていて、みんなも言葉を失っていました。やはり興味深い国です。

Пока!

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